<吉祥寺残日録>武漢封鎖から1年・・・あれから私の世界は一変した #210123

1月23日と言えば、長年私の長男が入籍した日として記憶していたが、今年に限っては「武漢封鎖」の日という印象が強い。

1000万人の巨大都市が突然完全封鎖されたあの光景は、それほどまでに私にとって衝撃的だったのだ。

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患者で溢れる病院、人通りの消えた街並み、マスクが手に入らずペットボトルや着ぐるみを身につけて外出する人たち。

中国から入ってくる映像を、私たちは他人事のように笑いながら見ていたことを思い出す。

テレビでは専門家が日本ではあんな医療崩壊は起きないと気楽に話していた。

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しかし、いったん動き始めると中国政府の対応は常識を超えたスピードだった。

突貫工事で臨時病院を建て、全国から医療関係者を送り込み、違法に武漢から脱出した人たちを見つけだして強制隔離する。

当初は市民ジャーナリストが発信していた様々な情報や映像もやがて統制されるようになり、代わって国営テレビのスタッフが大量投入されて武漢からたくさんの「美談」を発信し始めた。

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武漢が封鎖された去年の1月23日、私はブログにこう書き残している。

問題は今後の中国政府の対応がどうなるかだ。

まずは武漢に留め置かれた市民たちがパニックに陥らないために、十分な食料や物資を提供する必要がある。経済活動は当面ストップするだろう。インフラ関係に支障が出ないよう注意する必要もある。

それでもすでに病気は中国各地に広がっている。

明日から春節。民族の大移動が始まる。

実家に帰ることを自粛する人も多いようだが、とにかく中国は人の数が桁外れだ。日本にも大勢やってくる。水際で全て防ぐことは容易ではないだろう。

春節が終わった時、世界にどれだけ病が拡散しているのか?

そしてその時、武漢の街はどんな状況になっているのか?

中国当局の手腕が問われる。

失敗すれば、中国人の間で政府に対する不満が爆発する可能性さえある危ない綱渡りが始まる。

中国の混乱が大きく拡大するようなら、「世界の工場」としての機能が狂い、世界経済にも思わぬ打撃を与えることも予想される。

そしてもしこれが日本で起きたとしたら、日本政府は大都市を隔離するような強硬手段を取ることができるのだろうかという疑問も湧いてきた。

まずは、推移を見守りたい。

吉祥寺@ブログ「新型肺炎武漢封鎖」

私が懸念したような食糧不足やインフラの混乱は起きず、中国全土への感染拡大も、中国政府に対する国民の不満も見事に押さえ込んだ。

その後の世界の状況を見ればまさに奇跡であり、中国政府の危機管理能力は日本よりもはるかに高いと認めざるを得ない。

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1月末になると、日本政府は武漢にチャーター機を飛ばし、在留邦人の救出作戦を始めていた。

しかし、「無症状者」の存在が明らかになり、状況は一般する。

ウィルスは突然「自分の問題」となったのだ。

1月30日のブログにはこんなことを記している。

ところが、想定していない事態が起きた。

まったく症状が出ていない2人の人からウィルスが検出されたのだ。

この新型ウィルスは潜伏期間中にも人に感染しているのではないかと疑われていたが、症状がないのにウイルスを持っている人が存在することが証明されたことになる。中国以外で「無発症病原体保有者」が確認されたのは初めてのことだ。

これは、非常に厄介だ。

今回の日本人帰国者たちが無防備に街を歩き回っていたとは思えない。それなのに3人の感染者がいたというのは正直驚くべきことである。

日本人帰国者200人に対して3人も感染者がいたことを考えると、1100万人の武漢では10万人以上の感染者がいることになる。仮に致死率が2%だとすると、2000人の死者が出てもおかしくないだろう。

しかも、武漢市長は、500万人の市民がすでに武漢を脱出していると話していた。彼らはどこに行ったのか?

中国から流れてくる動画の中には、中国各地で武漢から来た人たちを攻撃する様子を撮影したものが複数あった。中国人たちは「武漢がんばれ」と言いながら、自分の身近にいる武漢出身者を排除しようという動きが進んでいるようだ。

それでも、病気が最初に確認されてすでに2ヶ月。中国のすべての省で感染者が確認されていて、検査が追いついていない状況を考えると、中国全土に相当数の感染者がいると考えるべきである。

中国政府は中国人の海外への団体旅行は禁止しているが、個人旅行についてはまだ続いており、今も日本各地に多くの中国人観光客がいる。

テレビでは、武漢からのツアー客を運んだ日本人運転手と中国人のツアーガイドが新型コロナウィルスに感染していたとして大々的に報道しているが、彼らについてどれだけ詳しくチェックしたところでもはや水際対策は不可能である。

この武漢からのツアー客にも症状は見られなかったという。しかしおそらくその中にウィルスを持っていた「無発症者」がいたのであろう。

「無発症者」は発見できない。その人自身も体に異常がないのだから、当然精力的に動き回るだろう。日本各地で買い物し、飲食店で食べたり飲んだりしているのだ。当然、ウィルス感染者と接触する日本人の数はものすごい数になる。

吉祥寺@ブログ「中国人観光客をこれだけ受け入れているのに、帰国者やバス運転手だけ隔離しても意味はない」

当時の日本ではまだ「中国国内の問題」と認識され、「自分の問題」として危機感を抱く人は多くはなかったが、私は心配性の妻に促され予定していたミャンマー旅行をしぶしぶキャンセルした。

WHOが重い腰を上げて「緊急事態」を宣言したのはその直後で、クルーズ船「ダイアモンドプリンセス号」によってこのウィルスの恐ろしさをようやく日本人が認識するようになったのは2月に入ってからの話である。

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しかし、その後も日本政府の対応は驚くほど遅かった。

武漢封鎖から1ヶ月経過した2月23日のブログ。

この頃の私はかなりの危機感を持っていて、政府や一般の日本人の危機感のなさを憂いていた。

一方日本では、厚労省が検査の基準が少し緩和したため、これまで明るみに出ていなかった「市中感染」が日本各地で確認され始めた。

政府は国民のパニックを恐れてか、いまだに「感染の発生早期」という甘い見通しを変えていない。連日大々的に報道しているメディアでも、中国のような徹底した外出禁止を主張する声は高まって来ない。

人と話をするとみんな新型ウィルスが心配だと言うわりに、三連休の吉祥寺の街でもさほど人出が減った印象がない。

「マスクと手洗いさえしていれば、いずれウィルスの流行は止まる。自分の周囲にはまだウィルスは来ていない」と真面目に思っているのだろうか?

甘い!

北京や上海でさえ、あれほどまでに徹底的な感染防止策を取っているのを知っていながら、日本人はどうして自分たちの対応が甘すぎるのではないかと思わないのだろう?

不思議でならない。

吉祥寺@ブログ「武漢封鎖から1ヶ月・・・世界から新型コロナ感染国と見なされても自覚に欠ける日本人の危機意識のなさ」

特にPCR検査をやろうとしない政府の頑なな姿勢には頭に来ていた。

その一方で、熱が出ても医者に行くなという謎のルールが流布され、「一体、日本という国はどうなっているのか?」と不信感が日々募るばかりだったことを思い出す。

当時一番納得できなかったPCR検査については、今も十分に活用されていない。

大規模なPCR検査は実施すべきでないという誰かの強い意思が働いていることだけは確かなのだろうが、その正体もはっきりせず、理由もさっぱり理解できないまま1年が経とうとしている。

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3月に入ると一気に世界中がコロナ一色に覆われた。

WHOがようやくパンデミック宣言を出し、イタリアでは全土のロックダウン、さらにアメリカにも飛び火して消極的だったトランプ大統領が一転して「国家非常事態」を宣言した。

日本では安倍政権が唐突に学校の休校を決め、店頭からマスクだけではなくトイレットペーパーまで消えた。

それでも、小池都知事や安倍総理の動きがようやく本格化したのは、東京オリンピックの延期が決まった3月下旬からだった。

この段階で武漢封鎖からはすでに2ヶ月。

安倍総理が緊急事態を宣言したのはさらに遅れて4月7日のことである。

今も菅政権の対応が「後手後手」だと批判されているが、私にとっては当時に比べるとはるかにマシだと感じる。

当時はウィルスの正体がつかめておらず、中国並みの異常なロックダウンをしなければ、感染は止められないと私は焦っていた。

それに比べれば、今はある程度、敵の正体もわかってきている。

病床が逼迫し自宅待機者が亡くなる事例が増えているとは言え、事前に警告されていたことであり、医療界と行政のシステムの問題が大きい。

さらに言えば、敵の正体がわかったことによる国民の「緩み」こそが感染爆発の最大の原因であり、政府の責任はもちろん免れないが国民の方にも大きな責任があるような気がしている。

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結局、武漢の封鎖が解除されたのは4月8日のこと。

あれからほとんど武漢では感染者が出ていないと伝えられている。

市民生活はすっかり回復し、新年のカウントダウンでは群衆が通りを埋め尽くした。

ここに来て、中国国内でも1日100人ほどの感染者が見つかるようになり、中国政府は警戒を強化しているという。

数人の感染者が見つかっただけで、数百万人単位のPCR検査と必要に応じて大規模なロックダウンも実施している。

日本では考えられない対策だ。

コロナウィルスは、自由主義諸国よりも国家社会主義国家を利する。

「人権」がない国ほど、「人命」が守られる。

それがこの1年の経験から学んだことだ。

しかし、日本が中国のようになって欲しいとはまったく思わない。

国会では今まさに、特措法改正の議論で罰則の是非が議論されている。

パンデミックに限定するならば罰則は必要というのが私の意見だが、もし世論がそれを認めないならばそれでもいい。

みんなが選んだルールの中で、一人一人が自分の考えに基づいて、自分自身や自分の周囲を守っていくしかないのだから・・・。

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武漢封鎖の頃から私は自主的に在宅勤務をするようになり、2月末には私の会社も在宅勤務を認めるようになって私の生活は一変した。

38年間、テレビマンとしてがむしゃらに働いてきた人生が突然止まった気分だった。

立ち止まって残りの人生を考えるようになり、6月末で会社を辞めることを決断したのも、元はと言えばコロナがきっかけだった。

そう考えると、武漢封鎖は私の人生にとって、極めて大きな出来事だったと言えるだろう。

今朝、妻と一緒にスーパーに買い出しに行った。

店の棚は品物であふれ、多くの人が買い物に来ていた。

吉祥寺は雨、夜からは雪に変わる予報だ。

武漢封鎖から1年が経って、コロナ禍なりの日常がすっかり定着している。

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