<吉祥寺残日録>ワクチン争奪戦の裏で進む製薬ビジネスの恐ろしい世界 #201223

昨日までの5日間で私は1回しか自宅を出なかった。

スマホの歩数計によれば、5日間でわずかに3000歩しか歩いていない。

家にじっとしていると、次第にやる気が失われていき、熊のように冬眠できそうな気分になってくる。

今日は仕事の打ち合わせがあって都心まで行ったが、たまに行くとどこかしら風景が変化している。

吉祥寺に引きこもっていると、確実に時代からは遅れていくようだ。

とはいえ、時代から遅れることイコール不幸なことではない。

今回のコロナ禍で、人間の幸福感というものはあくまで自分自身の心の状態を意味しているということを知った。

今日の東京都の新規感染者数は過去2番目に多い748人。

連日、曜日ごとの最多記録を更新し続けているが、街から人の姿が消える気配はまったくない。

通勤電車の中は相変わらずぎゅうぎゅう詰めだし、おしゃべりする人はいなくても、決して心地よい空間ではない。

やはり日本社会にリモートワークは根付かないのだろうか?

日本人はデジタルとの相性が悪いのだろうか?

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そんなことを考えるコロナ禍の年末、来年に向けての希望はひとえにワクチンに託されている。

アメリカのバイデン次期大統領も率先してワクチン接種を受け、国民に安全性をアピールした。

アメリカでは「ファーザー」に続き、「モデルナ」のワクチンも承認され、本格的な接種が始まり、イギリスでは「アストラゼネカ」のワクチンが年内にも承認されると報じられている。

EUをはじめ多くの国々ですでにワクチン接種が始まる中で、日本では来年2月ごろにもという情報が流れており、お隣の韓国ではワクチン確保が遅れたことで政府への批判が高まっているという。

世界的なワクチン争奪戦、しかしその裏で製薬業界の大きな変化が起きていることを知った。

先月NHK-BSで放送された製薬業界に関するドキュメンタリー番組がとても興味深かった。

タイトルは、「ビッグ・ファーマ 製薬ビジネスの裏側」。

2020年にフランスで製作されたドキュメンタリー番組である。

番組の冒頭に登場するのはマーティン・シュクレリという若い男。

アメリカで医療分野に投資するヘッジファンドを運営していたシュクレリは2015年、抗マラリア剤「ダラプリム」のアメリカ国内での販売権を手に入れると、その価格を13.50ドルから一気に750ドルに引き上げた。

競合相手のいない薬は値段を高くしても需要は落ちない。

その薬を必要としている患者にとっては他に頼るすべがないからだ。

「倫理的には問題でもアメリカの法律には抵触しない」

そうしたシュクレリのやり方に全米の非難が集中し、メディアは彼を「アメリカで最も嫌われる男」と評した。

しかし、シュクレリの行動は決して特殊なものではなく製薬業界全体の問題であり、アメリカでは最近の薬価の異常な高騰が大きな社会問題となっているという。

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この10年で、製薬業界は劇的な変化を遂げたと番組は指摘する。

大部分の薬の製造を、一握りの大手メーカーが担うようになったという。

製薬業界の上位5社、すなわちスイスのノバルティスとロシュ、アメリカのファイザーとジョンソン&ジョンソン、フランスのサノフィは、次々にライバル社を買収し、「ビッグ・ファーマ」と呼ばれる巨大製薬企業に成長した。

業界の寡占が進み、薬の値段が高騰するだけではなく、時には薬害につながる情報を当局に開示していなかったことも欧米で問題となっている。

たとえば、サノフィが販売した「デパキン」という抗てんかん薬。

この薬は妊婦が服用すると先天異常の子供が生まれる危険性があり、それを隠して販売を続けたサノフィに対して各地で訴訟が起こされている。

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「ビッグ・ファーマ」が求めているのは「ブロックバスター」、つまり世界中に多くの患者がいて巨大な市場が見込める画期的な新薬である。

時には薬の独占権を獲得するため「ビッグ・ファーマ」が手を組むこともあるという。

その具体例が、目の病気である加齢黄斑変性の治療薬である。

最初に注目されたのは大腸癌の治療薬「アバスチン」、アメリカの研究者がこの薬が加齢黄斑変性の治療に効果があることを発見し、世界各国で治療に使われるようになった。

しかし数ヶ月後には、加齢黄斑変性に特化した治療薬「ルセンティス」が登場する。

その成分は「アバスチン」とほとんど同じなのだが、値段は桁違いに高かった。

「アバスチン」は1回50ドルぐらいで投与できたが、「ルセンティス」は1回2000ドルもしたため、フランスの眼科医たちは「アバスチン」を使い続けた。

ヨーロッパで「ルセンティス」を販売していたのはスイスのノバルティス、「アバスチン」はロシュが扱っていたが、両社は共同して目の治療に「アバスチン」を使用しないよう眼科医やフランス当局に働きかけ、今では「アバスチン」は使われなくなったという。

ノバルティスはロシュの株式の3分の1を握っているのだ。

もし価格の安い「アバスチン」が使えれば、フランス全体の医療費を200万ユーロ節約でき、それがもしアメリカならば年間30億ドルを節約できるだろうと専門家たちは指摘する。

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驚いたことに、アメリカには薬の価格の規制がないのだという。

「FDAアメリカ食品医薬品局」の承認がおり次第、製薬会社が薬の価格を自由に設定できる仕組みだ。

たとえば、C型肝炎の治療薬「ソバルディ」。

2014年、アメリカの製薬メーカー「ギリアド・サイエンシズ」が販売を始めたこの薬は完治に必要な3ヶ月分で8万4000ドル、一錠あたり1000ドルもする。

「ギリアド」はこの薬を開発した企業を買収することでこの薬を手に入れた。

最近、アメリカの製薬会社は新薬の開発からは手を引いていて、開発は主に国の補助を受けた研究機関が行なっているという。

「ギリアド」が力を入れているのは、比較的患者数が少なく、死に至るような重い病だという。

そういう薬は価格が高く設定できるというのが理由で、「ギリアド」の利益率は55%にもなるという。

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「ビッグ・ファーマ」によって画期的な新薬が生み出される一方で、薬の価格は驚異的な高騰を続ける。

それが今の製薬業界の現状だ。

たとえば、ノバルティスが発売した白血病の遺伝子治療薬「キムリア」は、投与は1回で済むものの、その価格は32万ユーロだという。

1回の薬代が4000万円もするのだ。

『重い病気にかかった患者はどんな高い薬でも手に入れようとするから価格がさらに吊り上がる。その結果、年間の薬代は数十万ドルに跳ね上がり、お金のない人は切り捨てるというビジネスモデルになっている』と医療ジャーナリストは指摘する。

さらに・・・

『FDAは金銭面で製薬業界に頼っていて、新薬の審査にかかる費用を賄うためにFDAは製薬会社から手数料を集めている。つまり審査をする側のFDAが規制の対象であるはずの企業にお金の面で依存している』とこのジャーナリストは別の問題も指摘した。

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番組の最後、新型コロナウィルスの治療薬やワクチンの開発にも言及する。

「ギリアド」はエボラ出血熱の治療薬「レムデシビル」がコロナ治療に有望であると直接トランプ大統領に伝え、世界70カ国以上の国での特許取得に動いた。

そしていち早くコロナ治療薬として認可を受けたのは世界中が知っている話だ。

今回のコロナ禍で日本の製薬企業の存在感の薄さが理解できなかったが、この番組を見て、その理由が多少分かった気がした。

寡占が進む世界の製薬業界では、多くの人の命を守るという社会的使命よりも、企業の利益を最大化するというビジネスモデルが幅を利かせるようになっていたのだ。

薬価の高騰は、アメリカでは薬が貧困層の手の届かないという問題となり、日本においては増え続ける社会保障費をさらに膨張させて国の財政を圧迫する要因となっている。

果たして、今回のコロナ禍で「ビッグ・ファーマ」は一体いくら稼ぐのだろうか?

巨大多国籍企業の問題は、ITだけではないことを肝に銘じておきたい。

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