<吉祥寺残日録>「はやぶさ2」成功を祝い、私は家でマッシュルームを焼いた #201206

朝起きると、久しぶりに青空が広がっていた。

東京に太陽が昇る数時間前、南半球のオーストラリアでは多くの人が空を見上げていた。

日本時間の午前2時半、探査機「はやぶさ2」から切り離されたカプセルがオーストラリア上空で火球となって観測されたのだ。

その後、オーストラリア南部の砂漠に落下したカプセルは無事に回収され、2014年に打ち上げられた「はやぶさ2」のミッションはひとまず成功した。

お見事!

後はカプセルの中に小惑星「リュウグウ」の砂が入っているかどうか、そこに注目が移るのだが、今日のニュースで「はやぶさ2」のミッションはまだ終わっていないということを知った。

カプセルを投下した「はやぶさ2」は何と、再び地球を離れて新たなミッションに旅立つのだという。

次の目的地は別の小惑星「1998 KY26」。

2031年の7月、「1998 KY26」に接近してこの未知の小惑星を間近から観測する計画なのだ。

「1998 KY26」は、直径30mしかない太陽系で最も小さな天体だそうで、その軌道は地球から火星を目指す際に利用できるのではと考えられているほか、水の存在も予想されているらしい。

米中に比べ、日本の科学技術予算は微々たるものだが、「1粒で2度美味しい」を目指す研究者たちのプロ意識を垣間見た思いがした。

金銭はないが、日本の技術も大したものだ。

超高齢化の進展で、こうした未来への投資は削られやすい環境ではあるが、時にはドーンと夢にお金をかけることも大切だろう。

まさに、政治家たちのセンスが試される分野である。

さて、そんな空を見上げたくなるような日曜日、図書館に本を返す期限だったので自転車で街に出てちょっと驚いた。

「勝負の3週間」が呼び掛けられて2回目の週末。

しかし、この人の多さは一体何だろう?

若者だけではなく、お年寄りも結構歩いている。

医療関係者からは悲鳴が上がり、看護師さんたちの疲弊や離職も伝えられる中で、最前線の危機感はあまりにも一般市民に浸透していない。

経済優先の姿勢を変えない菅政権だけでなく、政治家も経営者もメディアでさえ、「医療と経済の両立」という言葉を都合よく使って社会活動を本気で止めようという考えていない。

おかげで、沖縄から吉祥寺に進出してきたステーキハウス「やっぱりステーキ」の前には、いつも以上の三重の行列ができていた。

飲食店にとってはありがたいだろうが、思わず「密ですよ」と声をかけたくなるような光景だ。

ヨドバシカメラの自転車置き場もご覧の通り。

世の中には、社会全体のことを考えてしっかり自粛する人と、「まあ自分は大丈夫だろう」とすぐに気が緩む人の2種類がいる。

私はどちらかと言えば後者のタイプなのだが、幸い私の隣には超心配性の妻がいて常に私の行動をストップしてくれる。

そんな訳で、図書館を往復しただけで、今日もずっと家にいる。

今日特筆すべきは料理だろうか。

昼食の際、妻が先日「ためしてガッテン」でやっていた料理を真似るという。

マッシュルームに軽く塩をふり、オーブントースターで数分焼く。

たったそれだけ。

だが・・・あら不思議・・・

中から濃厚なきのこスープが染み出してきて、みるみるうちにマッシュルームのくぼみに満ちるのだ。

淡白な印象の強いマッシュルームだが、溢れ出したスープはとても濃厚で香り高い。

かつてマッシュルームが初めて日本に紹介された時、「西洋松茸」と呼ばれた理由の一つはこの焼いた時に出る香りだったという。

焼き立てのマッシュルームを皿に取り、スープを一口。

松茸の土瓶蒸しとまではいかないが、マッシュルームとは思えないしっかりした味と香りにちょっと驚く。

そのままマッシュルームを口に放り込むと、身も柔らかく、そのまま美味しくいただくことができる。

とても簡単なので、これなら私一人でも調理できると思った。

そういえば、焼いたマッシュルーム、大気圏に突入した「はやぶさ2」のカプセルにちょっと似ている。

「勝負の3週間」も、もう半分が終わろうとしている。

こんな感じで感染が下火になれば言うことはないが、世の中そんなに甘くはないだろう。

今年の年末年始は果たしてどんなことになっているのだろう?

そういえば、大阪に住んでいる次男から「今年の年末は東京への帰省をやめる」と連絡が入った。

12月30日には次男一家もまじえて家族全員集まる昼食会を予定していたが、それも取りやめだ。

予約していた目黒の中華料理店には申し訳ないが、キャンセルの電話を入れた。

残念だが、仕方がない。

さて、図書館で借りてきた古代史の本でも読んで家で静かに過ごそう。

それにしても菅さんも小池さんも「短期集中」で感染を押さえ込むと言うのなら、もう少し徹底しなければ意味がないだろう。

国民の方も、もう少し自分で考えて行動しなければダメだ。

「上から言われなければ自粛できない」というのは、全体主義を呼び込む危険な兆候なのだから・・・。

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