<吉祥寺残日録>退職メールにうれしい返事 #200620

38年間という会社人生を振り返ると、実に多くの人たちにお世話になった。

本当なら、一人一人に会ってお礼を言い、昔の思い出話などしたいものだ。

でも、問題はコロナである。

今の状況でどのように退職するのがいいのか、正直ちょっと迷った。

迷った末に決めたのは、送別会のお誘いをすべて辞退すること。

私の退職がきっかけで、万一感染者が出るような事態となれば、大きな悔いが残るというのが表向きの理由だが、一番の理由は妻に強く釘を刺されたからだった。

飲み会に行くと私がコロナを忘れ無防備に大声で喋りまくることを、妻はすっかりお見通しなのだ。

でも実際に、妻の言う通りだと思った。

大事な後輩たちに、コロナのリスクを背負わせてはならない。

「飛ぶ鳥跡を濁さず」が肝要なのだ。

そう決めたうえで、今月末で退職することを会社の人たちに順番に伝えた。

まず最初に伝えたのは、今一緒に働いている職場の仲間たちだ。

火曜日に行われたオンライン会議の席で退職することを画面越しにみんなに伝えた。彼らの間ではすでに私が退職するという噂が広まっていたので、それほど大きな反応はなかった。

それでも会議後には、さっそく送別会のお誘いをいただいたが、当初決めた通り丁重にお断りした。

木曜日には、一番お世話になった先輩を訪ねて直接お伝えすることにした。

私の中では、お世話になった人たちの「総代」としてこの先輩を選び、この先輩に直接お伝えすることで自分なりのケジメにしたいという気持ちがあった。先輩も今月で役職を離れるということで、お互いサバサバした感じで楽しく昔話や家族の話をして帰ってきた。

他にも、特に関係が濃かった先輩たちには電話をかけて、退職を報告し感謝の気持ちを伝えた。

そして同じ木曜日、同期入社組のメーリングリストを使って、同期たちにも退職することを伝えた。

すると、同期たちからはすぐに様々な反応が返ってきた。

同期は全員が60代。みんな退職後の生活のことは大きな関心事である。私が一足早く会社を卒業することを知り、羨ましがる者もいれば、自分はまだ会社にしがみつくと宣言する者もいる。

それぞれ家族構成も違うし、現在の仕事の状況も違う。

でも、会社を辞めるという私からの突然のメールは、同期たちの心に何かしらのさざ波を立てたようだった。

そして金曜日。

最後に後輩たちに、退職メールを送った。

こちらは既存のメーリングリストがないため、私のスマホに残っている電話帳の「あ」から順番に、感謝を伝えたい人たちをピックアップして現在のメールアドレスを調べ直し、20人ぐらいのメーリングリストを複数作って退職メールを次々に発信した。

メールの文章には、退職の理由や退職後の暮らし、後輩たちへの感謝の気持ちとともに、コロナ後の世界に対する私の危惧と後輩たちに託したいメディアの責務についても書いた。

後輩たちからは、予想した以上にたくさんの返事が届いた。

中には、メールを送った直後にビックリして電話をかけてきた者もいた。

多くの後輩たちは、今会社の中枢を担っている。

彼らから届いたのは感謝のメール。うれしかった。

私が関連会社に移ってからは、なかなか会う機会もなかった後輩たちからのメールには、私が忘れてしまったようなエピソードがたくさん書かれていた。

どのメールにも「大変お世話になりました」と私をねぎらう言葉がびっしり書かれていて、ぜひ送別会をやりたいという者もたくさんいた。

私は、重要な立場にいる後輩たちに感染リスクを負わせたくないと理由を書いて、すべての誘いを断った。

でも、本当にうれしかったのだ。

これまで私が出席した先輩たちの送別会と比べても、私の元に返ってきた後輩たちからのメールは深く心に響いた。

「感謝のメールをこんなにたくさんもらっただけでもう十分、私の会社人生は報われた」

心から、そう思った。

送別会でもらった言葉はやがて忘れてしまうかもしれないが、メールはまた読み直すことができる。むしろこの方がありがたいとも思った。

社外の人たちにも順番にご挨拶をしなければならないが、やっぱり同じ会社で働いた仲間は別格だ。何と言っても、一緒に過ごした時間の長さが違う。

日本的な企業文化というのは非効率なところも確かにあるが、いざ自分が退職する番になると、「この会社で働けてよかった」と心から思える家族的な温もりがある。

退職する時、心穏やかにみんなに感謝する気持ちになっているということだけでも、私のサラリーマン生活は恵まれたものだったということなのだろう。

今、私の心はとても静かに満たされている。

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