今日から3月。
明日私は65歳の誕生日を迎え、晴れて「前期高齢者」の仲間入りをする。
62歳の時に会社を辞めた後も「社友」という肩書きで若干のお手当をいただいてきたが、それも今月で終わり、これでキッパリと会社との縁が切れる。
もう今更、寂しいという感情もない。
少し早めに自分の意思でリタイアさせてもらったので、ここまでの2年半あまりの間にブログと農業と旅行と介護を組み合わせた当面のライフスタイルが出来上がった。
65歳になってこれから会社を離れるという人たちに比べると、一歩早く第二の人生が整ったということだろう。
それはそれで、良かったと思っている。

65歳の誕生日を前に、武蔵野市役所から介護保険証が送られてきた。
40歳から介護保険料は払い続けてきたが、いよいよ私も介護保険を使える年齢になったというわけだ。
介護保険証と一緒にいろいろな冊子やチラシも入っている。
親の介護を経験し、介護保険についても若干の知識は身についたものの、基本的にはほとんどこういうことには興味がなく相変わらず妻任せだ。
こうした機会に少し目を通してみるかと、高齢者サービスの手引き「い・き・い・き」という冊子のページを開いてみると、実にさまざまな高齢者向け行政サービスがあることがわかった。

たとえば、さまざまな講座。
ジャズダンス、フラダンス、太極拳、さらにはカラオケやマッサージなどというものもある。
市内に住む65歳以上には、体育館や温水プールが100円で利用できる「ゴールドカード」というものもあるらしい。
そういえば久しく、市民プールに行っていないなと思う。

老人クラブというものも武蔵野市内だけで25もある。
何をやっているのかとその内容を見てみると、輪投げ、グラウンドゴルフ、ウォーキング、コーラス、手芸、カラオケ、研修旅行、誕生会などと書いてあった。
まあお年寄りの子供会のようなものらしい。
福祉施設でのボランティア活動なども行なうらしく、ボランティアをすると「シニア支え合いポイント」というのがもらえて、QUOカードや図書カード、野菜の引換券などと交換できるのだそうだ。

武蔵野市には独自に「テンミリオンハウス」という事業があって、地域の福祉団体や地域住民が年間1000万円を上限とした市からの補助を受けて、ミニデイサービスやショートステイなどの事業を行っているとも書いてあった。
これらは介護保険料を使った高齢者支援サービスとは別で、要介護認定を受ける前の高齢者でも受けられるサービスを税金を使って行っている事業ということのようである。

そのほか健康寿命を伸ばすためのさまざまな取り組みや食事サービス、終活支援や福祉電話、さらには住宅改善のための給付やメガネやコンタクトレンズの費用助成など申請すれば資金的な支援を受けられるサービスも存在する。
見れば見るほど日本の高齢者向け行政サービスの充実ぶりに驚いてしまう。
最近話題の子育て支援に比べて、やはり行政サービスが年寄りに偏りすぎている印象を受けた。

これらの書類を見ていた妻が一つの疑問を口にした。
それは介護保険料の納付方法に関する素朴な疑問で、私も妻の言う通り不思議な仕組みだと感じた。
「介護保険料の手引き」という冊子の中に、「保険料の納期限と通知方法」という項目がある。
65歳以上の場合、一般的には年金から保険料が自動的に引き落とされる「特別徴収」となるのだが、年金が少ない人や新たに65歳になった人などは「普通徴収」という方法で保険料を納めることになる。
それがなぜか、7月から2月までの年8回に分けての納付となるのだ。

介護保険料の金額は所得に応じて20段階に分かれていて、それぞれ年額および月額で表示されている。
ところが、年払いや毎月払いという払い方はなく、普通徴収の場合には年8回、特別徴収の場合は年6回の納付ということに決まっているのだ。
これって一人一人納付額を計算し直さなければならないので無駄じゃないというのが妻の素朴な疑問だった。
真面目な性格の妻は、モヤモヤを抱えてやり過ごすことができず、市役所に電話をして聞いてみた。
すると「条例でそう決まっている」とか「年度の関係でそうなっている」という答えが返ってきたらしい。
もちろんこれは武蔵野市の問題ではなくて国の仕組みの問題であろう。
年度ごとの単年度会計で動く日本の行政の場合、3月末に1年の数字をまとめ、4月以降の新年度の新たな数字が決まる、つまり完全にお役所都合で税金や保険料の種類によって、年1回だったり4回だったり6回だったり8回だったり12回だったり払い方が異なっているのだ。
これってどう考えても無駄。
当然間違う人がたくさん出るので、市役所には無駄に多い職員が必要になる。
防衛費や子供関連予算を増やすのであれば、こうした無駄な支出はぜひなくしてもらってデジタル化してスッキリしてもらいたいものだと思った。

ついでながら、私が高齢者の仲間入りするタイミングで見た「老い」を真正面から見据えたドキュメンタリーについて書いておきたい。
『老いてなお花となる〜織本順吉 90歳の現役俳優』
『老いてなお花となる〜俳優・織本順吉92歳』
『老いてなお花となる最終章〜俳優・織本順吉 父と娘最後の記録』
生涯2000本以上の作品に出演した名脇役・織本順吉さんの最晩年を放送作家である娘が撮影した珠玉の三部作である。
得意だったセリフ覚えが怪しくなり始めた88歳から92歳で亡くなるのおよそ5年間を記録した。
自分の老いを受け入れられず激しく怒る織本さん。
献身的に介護する高齢の妻にも当たり散らし、ついにある夜、妻が我慢しきれず織本さんに怒鳴り返す。
昭和1けた、家庭を一切顧みなかった男の晩年が赤裸々に記録されている。

テレビで見る温厚な老俳優からは想像もできないわがままな老人の姿。
醜悪にも見えるが、人生の最後まで役者としてカメラを意識する執念のようなものも感じる。
仕事のオファーがなくなり人生の柱を失った男にとって、娘が回すカメラに自分のありのままをいかに晒すか、それこそが最後の「仕事」だったように見える。
私も含め、日本の高齢男性にとって「仕事」は人生そのものだった。
それこそが自分のアイデンティティであり、生きた証でもある。
織本さんの場合90歳まで現役だったので、第二の人生を考えることもなく、それまでの生き方を終生貫いたと言えるかもしれない。
そして歩くのもままならなくなった時、娘のカメラが彼に新たな生きがいを与えた。
周囲に迷惑をかける醜い老人がカメラが回ると役者に変わる。
決して演技をするのではない。
自らの「老い」を余すところなく曝け出すのだ。
そして娘が作った番組を見た老俳優は「これはすごいドキュメンタリーだ」と珍しく娘を褒め、静かに涙を流す。
このドキュメンタリーを観て何を感じるかは人それぞれだろう。
しかし人間が生きること、死ぬことの凄みや生々しさがものすごい迫力で迫ってくる。
どんなに格好悪くても、醜くても、自分の生を全うしようとする織本さんの姿は、理屈では捉えきれない人間の本質を私たちに教えてくれているように感じた。
私が80代になった時、もう一度見直してみたいすごいドキュメンタリー番組だった。
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