<吉祥寺残日録>千秋楽全勝対決を制した白鵬の復活優勝に思う #210719

オリンピックのために1週間前倒しになった今年の大相撲名古屋場所は、横綱白鵬と大関照ノ富士が14戦全勝のまま千秋楽を迎えた。

千秋楽の全勝対決は大鵬・柏戸など過去に5場所しかないという。

土俵上で睨み合う両雄。

立ち合いは、白鵬が照ノ富士の目の前に手を出して機先を制した後に肘で激しくかちあげた。

闘志剥き出しの白鵬は、その後往復ビンタのような張り手を何度も繰り出し、照ノ富士もそれに張り手で応戦する。

モンゴル力士同士のなりふり構わぬ死闘は、日本人力士にはない闘争本能を感じさせた。

照ノ富士のまわしに組みついた白鵬が強引な投げを連発し、最後は小手投げで照ノ富士を土俵に沈めた。

横綱相撲とはかけ離れたけんか相撲。

たびたび横綱の品格に欠けると批判されてきた大横綱は、最後まで自分のスタイルを貫いて、前人未到45回目の優勝を全勝で飾った。

白鵬にとってこれが16回目。

6場所連続休場の力士が復活優勝を果たすのは大鵬の5場所を上回る新記録、36歳4ヶ月での優勝も千代の富士が持つ横綱としての最年長優勝記録35歳6ヶ月を塗り替える快挙だった。

勝利の瞬間、白鵬が見せたガッツポーズ。

それは日本人の相撲関係者からは顰蹙を買う行為だったろう。

しかし、若くして異国に渡り強くなることによってのみ評価されるモンゴル人力士にとって、「進退をかける場所」というプレッシャーを実力で跳ね除けたという達成感と共に、外国人が日本社会で感じる積年の思いも込められていたはずだ。

白鵬ほどの大記録を打ち立てても決して日本人と同じようには評価されない。

その批判の根拠とされたのが「品格」という曖昧な言葉であり、白鵬が体現した「力」とは別のものさしが常に彼の前には立ちはだかってきた。

それでも、優勝の瞬間を会場で見守る奥さんと子供たちが涙していた光景には心を揺さぶられた。

白鵬という一人の人間を間近で見てきた家族だからこそ、モンゴル人が角界のトップに君臨し続けることの苦労や努力を知っていたのだろう。

私は大横綱・白鵬の復活優勝を心から称える。

そして、「引退」を突きつけられた彼が示した異常なまでの勝利への執念が、日本人が失っている何かを蘇らせるメッセージとなることを願っている。

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コロナによって分断される世界にあって、東京オリンピックは開幕直前になってもネガティブな雰囲気から抜け出せていない。

この週末に朝日新聞が実施した世論調査によると、東京オリンピックの開催に賛成が33%、反対が55%という状況だ。

オリンピック中止を求める人たちは一貫して自分たちの正義を少しも疑うことはなく、一方の政府やIOCは開幕が近付けば世論も変わると読んで最後まで「正常な」オリンピックを模索し続けた。

その結果が、土壇場になっての無観客でのオリンピック開催。

選手を含め誰も喜ばないような大会になってしまった。

私個人は、オリンピック開催支持ではあるが、無観客という決定は残念で仕方がない。

どうせなら、去年延期を決めた際に、安倍さんがもう一年、せめて今年の秋にずらしてくれていればと悔やまれる。

どこまでも相容れない賛成派と反対派。

インターネットやSNSの誕生で、現代人は自分の考えを客観視する習慣を失ってしまった。

膨大な情報の中から、自分の考えに近い意見ばかりが配信され、誰もが「私は正しい」と信じ込んでしまうか、自分が信じる誰かに盲従してしまう。

所詮、人の考えなどバラバラなのが普通である。

それは何もオリンピックに限った話ではなく、我が家でも介護をめぐって妻と私の考え方が違いすぎると最近妻から責められっぱなしだ。

私から見れば妻はせっかちすぎ、妻から見れば私はのんびりしすぎている。

ずっと一緒にいる夫婦ですら目の前の難問に直面した時に、それぞれの哲学がぶつかり合う。

もちろん介護される親たちにもそれぞれの考え方、人生哲学があるわけだから、すべての人が満足する解決策を見出すことは至難の技だ。

せめて、相手の話を聞き少しでも理解しようとする「寛容」の精神は持っていたいと思うのだが・・・。

せっかちな妻は、そんな悠長な私に苛立っている。

1048勝

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