<東京@グルメ>豊洲市場「すし処 おかめ」の「店長おまかせにぎり」

今週木曜日、東京ビッグサイトの展示会をのぞいたついでに、近くの豊洲市場に初めて行ってみた。

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ゆりかもめの「市場前」駅を降りると、飲食店のマップがさりげなく貼ってあった。

昨年10月のオープンから3ヶ月。まだその人気は衰えないようだ。

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駅から見て右手が「水産仲卸売場棟」、左手が「水産卸売場棟」。

仲卸売場棟の方が飲食店が多いらしいが、卸売場棟の手前の「7街区 管理施設棟」が空いているというので、そちらでランチを食べることにした。

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築地とは似ても似つかない綺麗な店構え。

何の予備知識も持たない私と違い、お客さんたちはちゃんと情報を仕入れてきているようで、行列ができている店とそうでもない店とに分かれる。

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店の前に貼られたメニューで値段をざっと確認すると、どこも同じ程度に高い。

特段行きたい店があるわけではないので、すぐに入れるお店を選んだ。

「すし処 おかめ」

築地市場では一番新しいお寿司屋さんだったようだ。

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カウンターの奥にテーブル席が2つ。

私の左右は中国人のお客さんだ。日本語と英語で注文している。

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メニューを見ると、日本語の他に、英語と中国語で表記してある。

中には、「Standerd sushi」「Special sushi」という日本語がないメニューがある。写真から判断すると、外国人が苦手な光りものや雲丹などを外しマグロなどを中心としたにぎりのようだ。

せっかく初めて豊洲市場に来たので、売れ筋No.1と書かれた「店長おまかせにぎり」(3600円)を注文した。

にぎり10貫と細巻1本、さらにお好みのネタを2貫追加できるという。

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最初に出されたのは、トロとタイ。

どちらも味が付いていて、そのままいただく。

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続いて、たまご。

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味噌汁はあら汁だ。

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続いて、カンパチ、寒アジ、手前がメジマグロ。

寒アジが、最高に美味しい。

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続いては、甘エビ。

ツヤツヤでプリプリだ。

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ここで珍しいネタが出てきた。

右は大きな白魚、そして左は真珠貝だという。

真珠貝はコリコリ、サクサクという歯ごたえで、量もたっぷりあった。

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店長おまかせのにぎりの10貫目はウニ。

海苔はなく、塩でいただく。

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細巻は、鉄火巻き。

これだけ、醤油をつけて食べる。

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そしてお好みの1品目。金目鯛を頼む。

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そして、もう1品は、白子をいただく。

軍艦の上に白子が山盛りだ。

さすが市場だけに、ネタはどれも新鮮だ。とても美味しく、贅沢なランチをいただいた。

ランチで3600円は安くはないが、寿司の値段は上限なし。まあ、致し方ないかもしれない。

食べログ評価3.53(移転前)、私の評価は3.50。

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せっかくなので、豊洲市場をぶらぶらしてみる。

ランチを食べた管理施設棟には資料室があった。日本橋から築地、豊洲へと移る東京の魚市場の歴史が展示されている。

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これは豊洲市場のゆるキャラ「イッチーノ」だそうだ。

「ヤサチーノ」という奥さんと「コチーノ」というお子さんがいるという。

それにしてもどうして日本人はこんなにゆるキャラが好きなのだろう?

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渡り廊下を渡って水産卸売場棟へ。

私が訪れたお昼時には、もうすっかり市場のお仕事は終わっていた。

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朝にはここで競りが行われているのか・・・。

何時に来れば見られるのだろう?

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競りの際に使われる「手やり」について説明する案内板もあった。

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築地市場で取引された最大級の国産クロマグロのレプリカ。

1984年に種子島沖で捕獲されたもので、体長2.88m、胴回り2.36m、重さは496kgあったそうだ。

では、魚市場の歴史を見てみよう。

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魚市場のはじまりは江戸初期。

『江戸幕府に納める魚の残りを漁師たちが日本橋のたもとで売り始めた魚河岸が、東京の魚市場のはじまりとされています。』

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明治時代の日本橋魚市場。

『明治時代に入ると、日本橋は日本銀行や東京株式取引所などが設置され、さらなる発展を続けて街の風景も変わりました。しかし、魚市場は昔ながらのままだったと言われています。』

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関東大震災。

『1923(大正12)年9月1日、東京市がマグニチュード7.9の大地震に襲われました。魚市場では手が付けられないほどの火災が起き、働く人々が懸命に消火に努めたものの火は衰えず、多数の方が亡くなられました。』

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芝浦の仮設魚市場。

『関東大震災から16日後の9月17日、魚市場は芝浦日の出町の埋め立て地に仮設魚市場として再開します。1日に約1万人の入場者があったものの、魚市場は狭く、永続的に営業するには厳しい場所でした。』

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東京市中央卸売市場築地本場。

『震災後、東京市の帝都復興事業のひとつとして築地本場の建設工事が1928(昭和3年)年に始まりました。工事に携わった人は延べ約42万人、6年の歳月を要して1934年(昭和9年)に完成し、翌年から業務を開始しました。写真右側に見える低い屋根は臨時魚市場です。』

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終戦後の築地市場。

『終戦後の1945(昭和20)年12月から1955(昭和30)年まで築地市場のほぼ4分の1が連合国軍総司令部(GHQ)に接収され、軍の駐車場や洗濯工場として使われました。この時期、市場内には洗濯物を積んだトラックが走っていました。写真には洗濯工場のために作られた煙突が見られます。』

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高度経済成長と築地市場。

『築地市場が開場した1935(昭和10)年、東京の人口は約640万人でしたが、高度経済成長時の1962(昭和37)年に1000万人を超え、市場の取扱量も年々増加しました。また、全国から届く品物はトラック輸送が主となり、鉄道での物流を想定して作られた築地市場は物と人と車で溢れかえりました。』

こうしてみると、市場にも日本人の歴史が色濃く刻まれていることがよくわかる。

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来た道を戻り、今度は水産仲卸売場棟にも行ってみる。

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ここには豊洲市場最大の飲食店街があり、観光客が長蛇の列を作っていた。

寿司だけでなく、うなぎやとんかつ、カレーや喫茶もある。今度来ることがあれば、うなぎを食べてみたいと思った。3000円前後で食べられるようなので、街で食べるのと変わらない印象だった。

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先に進むと、市場移転のニュースですっかりお馴染みとなった「ターレー」が置いてあった。

格好の記念撮影スポットだ。

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エスカレーターを上がった4階には、「魚がし横丁」と呼ばれる物販店舗が並んでいた。

本来は市場で働く人を相手にする商店なので早朝から営業しているため、昼時にはすでにシャッターを下ろしている店も目立つ。警備員の人に聞くと、実は店の権利は持っているけど、まだ築地から移ってきていないお店も結構あるのだと教えてくれた。

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屋上に上がると、海の向こうにオリンピックの選手村建設現場が見えた。

早いもので、東京五輪はもう来年だ。

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話題の豊洲市場でのランチ。

結構高くて混んではいるが、やはり品質は高い。

また機会があれば、別のお店もトライしてみたいと思う。

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