<吉祥寺残日録>真夏日の東京、生き物たちの子育てについて考える #220530

昨日は一日中雲ひとつない快晴、東京も今年初めての真夏日を観測した。

熊谷では5月だというのに猛暑日となったそうだ。

それでも湿度が低いためか直射日光が当たらないベランダはちょうど良い加減で、久しぶりにサマーベッドを持ち出してしばしハワイ気分を味わった。

適度な風が心地よい。

YouTubeで癒しの曲を探してみると、以前石垣島のプチホテルで聴いた「hanauta」の曲がアップされていた。

「ああ、癒される」

特にストレスがあるわけではないが、この沖縄っぽいゆる〜い曲、いつ聴いてもめっちゃ好きだ。

日本の夏も湿度さえなければ、結構気持ちいいんだろうなと思う。

井の頭公園ももうすっかり一面の緑、水面には藻が繁茂する季節となった。

そんな公園をひと回りすると、あちらこちらで子育てをする生き物に出会う。

ヨシが茂り始めた浅瀬では、雛鳥を連れたカルガモのお母さんに遭遇した。

ちょこまかと動き回るヒナたち。

気づいた人たちがしきりに写真を撮っていた。

いかにものどかな光景ではあるが、母ガモにとっては最も神経をすり減らす季節。

ヒナたちを天敵のカラスやヘビから守らなければならない。

カルガモの子育てを調べたある調査によると、観察した21の家族のうち実に9家族でヒナが全滅、8家族は一部のヒナだけが生き残り、全部のヒナを無事に育て上げたのはわずか4家族だったという。

特に生後1週間の間に食われてしまうヒナが多いようで、ここまで育てば生存率もグッと高まるようだ。

一方こちらはカイツブリの親子。

カルガモに比べても一段と小さいのでその分危険度も高い。

小さなヒナを襲うカラスもまたこの時期が子育てのピークで、孵化したカラスの子供たちのために頑張って餌を取ってこなければならないのだ。

自然界は常に弱肉強食。

生き残ったものだけが子孫を残す権利を勝ち取る。

そんな中、昨夜の「ダーウィンが来た」でオオスズメバチの子育てを詳しく紹介していて、かなり驚かされた。

スズメバチについては、危険生物として情報番組の特集などで毎年のように見ているが、その生態を科学的に解き明かした番組は初めて見た。

何よりも驚いたのは、オオスズメバチの巣作りはたった1匹の女王蜂が単独で行うということだ。

蜂といえば常に徒党を組んで働き蜂がせっせと巣作りをするというイメージを持っていたが、どうやらそれは途中からのことらしい。

前の年に生まれた女王蜂は、巣から出てすぐにオスの蜂と交尾してから冬眠に入る。

働き蜂やオスの蜂は越冬できずに死に絶え、春を迎えられるのは女王蜂だけだという。

そして冬眠から目覚めた女王蜂は単独で巣作りを始める。

まずは小さな巣を作ってそこに卵を産みつけ、それが羽化すると働き蜂となり、女王蜂に代わって巣作りや餌の調達、幼虫の世話や巣の中の換気などを受け持つようになる。

つまり働き蜂というのはすべて女王蜂の子供たちであり、働き蜂が巣をどんどん大きくしていくと女王蜂は働かずただひたすら卵を産みつけていくのだ。

こうしてどんどん働き蜂が増え、9月から10月ごろにその数が最大となる頃、巣の中では次の女王蜂とオスの蜂たちが生まれてくる。

1匹の女王蜂から数百匹もの子供が産まれるが、その全ては次の年まで生き残る女王蜂を育てるためだけに存在するのであって、新しい女王蜂が巣から出て交尾する頃には元の女王蜂は死んでいて、冬になる前にはあれだけいた働き蜂たちもオスの蜂たちもみんな死んでしまうのだ。

なんとも不思議な命の営み。

そういうサイクルをただぐるぐると毎年繰り返しているという。

「ダーウィンが来た」に続いて大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を見る。

今年の春はお気に入りのドラマがなかったので、三谷幸喜脚本のこのドラマは一番の楽しみである。

鎌倉時代の知識が完全に欠落している私にとって、ドラマの先行きはまったく読めず実にドキドキワクワク、史実と虚構を巧みに混ぜて三谷ワールドに完全にはまっている。

それにしてもこのドラマ、主要人物が次々に死んでいく。

菅田将暉演じる義経が兄・頼朝に見捨てられ非業の最期を遂げたエピソードも痛々しい。

昔から日本人の間で義経伝説が受け継がれ「判官贔屓」という言葉とともに愛された理由がよくわかった。

しかし三谷さんは義経を単なる英雄ではなく、戦いの天才であると同時に人間性に問題を抱えた戦闘マシーンのような人物として描いた。

史実に従いながらも、それぞれのキャラクターを空想によって膨らませることで生々しい人間ドラマができあがる。

自分を慕う弟・義経を煽て、ライバルの木曾義仲や宿敵平家討伐に利用した頼朝。

しかし平家を討ち滅ぼした後は、後白河法皇に重用される義経を危険視して、義経追討を命じる。

そして将来自分に害を及ぼすことを防ぐため、木曾義仲も平家も、弟の義経に対しても子供を含む一族郎党を殺させるのだ。

このドラマでは残酷なシーンの代わりに「首桶」が毎回のように登場する。

敵の大将の首を入れたこの「首桶」は、確かに殺したことを頼朝に示すために鎌倉に運ばれてくる。

人間も生き物である以上、弱肉強食の法則から逃れるのは本来難しいということなのだろう。

そして昨夜は、主人公北条義時の妻、八重が突然死んでしまう。

新垣結衣が演じる八重は、浪人時代の頼朝を支えた妻で、のちに義時の妻となった。

この八重については詳しい史実がわからないため、三谷幸喜は自由にその人物像を膨らませ、夫・義時を励まし、時には諭す聡明な妻であり、我が子のほかに孤児を集めて面倒をみるような慈悲深い女性として描く。

しかし八重は頼朝との間に設けた子供を実の父親に殺された悲しい過去を持つ。

伝承では、八重は入水自殺をしたとされるが、ドラマでは河原で孤児たちを遊ばせている時、一人の男の子が川の深みにはまって戻れなくなっているのを見て我が身を顧みずその子を助け、身代わりとなって命を落とす物語に仕立てた。

八重が助けた子は父親に殺された我が子と似た名前だった。

子供を育てるという行為は、生き物としての根源的な目的であり、人間もその宿命から逃れることはできない。

平和になったとはいえ、今の日本の子供でさえ病気や事故など様々なリスクにさらされている。

ましてや紛争国や発展途上国では多くの子供たちが安全な水もままならない状況で生きているのだ。

今年の秋には、私にとって6人目の孫が生まれる。

彼らの世代が大人になる頃、もっと住みやすい地球になっていればいいのだが・・・。

科学や技術が進歩するように、人間ももう少し賢明になれる方法はないのだろうか?

<吉祥寺残日録>「ヒトラーユーゲント」のドキュメンタリーを観ながら、中国の子供たちを想う #210603

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