<吉祥寺残日録>国連75年と吉田松陰の「幽囚録」 #200923

創設75周年を記念する国連総会は、オンラインで各国首脳が演説する異例のものとなった。

冒頭で演説に立ったグテーレス事務総長は、第二次世界大戦の反省から各国が国際協調を迫られた当時の世界になぞらえ「私たちは今、私たちとしての1945年を迎えている」と述べ、「結束はそれぞれの利益となるという事実を理解しなければ、みなが負ける」と訴えた。

当然、念頭にあったのは米中の激しい対立である。

「われわれは危険な方向に進んでいる。2つの経済大国がそれぞれの貿易と金融ルール、ITや人工知能の能力をもって世界を『大分裂』させるわけにはいかない」と両国に協調を呼びかけたが、この後にビデオメッセージを寄せたトランプ大統領は相変わらずだった。

トランプ大統領は演説の冒頭部分から新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼んで、「私たちは188の国で数え切れない命を奪った見えない敵、『中国ウイルス』との厳しい戦いを続けている」と述べたうえで、中国に責任を取らせなければならないと主張した。

そして国際協調を真っ向から否定し、「私は過去の誤ったアプローチをやめ、『アメリカ第一主義』を貫いている。皆さんが自分の国を第一に考えるのと同じようにだ。あなたたちもそうすべきだ」と国連総会で持論を展開したのだ。

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そもそも戦争を防ぐための国際機関の創設を最初に提唱したのは、第一次大戦時のアメリカ大統領ウッドロウ・ウィルソンだった。

しかし、戦後発足した国際連盟にアメリカは参加しなかった。議会が批准に反対したからだ。

その結果、国際連盟は無力化し、第二次世界大戦を防ぐことはできなかった。

その反省から、国際連合にはほぼすべての国が加盟し、米ソ冷戦時代にも分裂することなく、何とか世界に破滅をもたらすような世界大戦を防いできたのだ。

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しかし今日、ちょっとショッキングな調査結果を私は目にした。

CNNニュースが伝えた「国連に対する評価、最も低かったのは日本」という記事がそれだ。

ちょっと引用させていただく。

ロンドン(CNN) 創設75年を迎える国連の実績について先進14カ国で実施された世論調査で、新型コロナウイルス対策や気候変動に対する行動の呼びかけ、平和の構築といった主要8分野で過半数が国連の対応を評価していることが分かった。 ここ数年は米国の政治家による国連バッシングが続いているが、国連に対する評価が最も低かったのは米国ではなく、日本だった。

突出していたのは日本で、国連に対する好感度は14カ国の中で最も低かった。日本人の半数以上(55%)は国連に対して好感を持たないと答え、好感を持つという人は10人中3人(29%)に満たなかった。 1年前の調査では、日本人の47%が国連に対して好感を持つと答えており、好感を持たない人は35%にとどまっていた。分からない、または答えたくないという回答は、前回調査で18%、今回調査では16%だった。 上智大学の植木安弘教授はこの結果について、米国のトランプ大統領やポンペオ国務長官による国連や世界保健機関(WHO)に対する攻撃が、日本人の世論形成に影響したと思われると分析する。

出典:CNN「国連に対する評価、最も低かったのは日本 14カ国世論調査」

日本人は、国連をもっとも尊重する国の一つだと私は考えていた。

他国の人々に比べて日本人は何事にもネガティブな回答をする傾向があるとはいえ、日本人の間で広がっている国連不信の正体が何なのか、とても気になった。

確かに、今の国連には国際紛争を解決する力がない。

肥大化して効率が悪く、改善すべき課題を多く抱えている。

とはいえ、国連の無力さは今に始まった事ではない。

上智大学の先生が指摘するように、日々トランプさんが垂れ流す「悪魔の囁き」がそこまで日本人に影響を与えているのだろうか?

むしろWHOのテドロス事務局長に対する不信感など、「中国に牛耳られている国連」というイメージが多くの日本人に悪い印象を与えてしまっているのではないかとも感じる。

しかし、アメリカや中国とは違い、日本は一国主義では生きていけない国である。

生きていくだけならできるだろうが、今の経済水準は維持できないと考えた方がいい。

良くも悪くも国際機関をうまく利用して、自国の利益を図っていくのが日本にとってベストな選択肢だと私は思うのだが・・・。

日本の進むべき道という意味では、昨日も書いたが船戸与一著「満州国演義9 残夢の骸」にとても気になる一節があった。

明治維新から太平洋戦争敗戦に至る日本の戦争の時代。

実は吉田松陰が書き残した「幽囚録」の中に予言されていたというのだ。

無学な私は「幽囚録」についてこれまで全く知らなかったが、船戸さんは一人の架空の登場人物、戦争を取材し続けたベテラン記者の口を借りてこんな言葉を吐かせている。

結局は民族主義の問題だった。 

長州出身の松陰が下田からアメリカへの密航を企てて失敗し、伝馬町の獄に繋がれた時に認めた「幽囚録」がある。それが佐久間象山に手渡されたが、その中に欧米への対抗策が書き記されてる。

いま急に武備を修め、艦ほぼ備わり砲ほぼ足らば、すなわちよろしく蝦夷を開墾して諸侯を封建し、隙に乗じて、カムチャッカ・オロッコを奪い、琉球を諭し、朝覲会同すること内諸侯と比しからしめ、朝鮮を責めて質を納れ貢を奉ること古えの盛時のごとくならしめ、北は満州の地を割き、南は台湾・ルソンの諸島を収め、漸に進取の勢いを示すべし。

これまで地下水脈として流れていた日本の民族主義は黒船の来航で一挙に顕在化した。このままでは欧米によって植民地化されるという危機感に包まれた。その打開策を論じたのが吉田松陰だよ。それに平田篤胤の国学に心酔した連中が続き、尊王攘夷となって現れた。

明治維新という内戦を終えた後も吉田松陰のこの打開策は生き続けた。ただひとつ、廃藩置県による中央集権化は松陰の想像になかったことだがね。とりあえず明治政府は生起する矛盾を溶解する手段として黒船来航前は暦の変更ぐらいしか政治に関与できなかった天皇を日本のすべてを統べる中心に据えつけ、欧米列強による植民地化を回避するために躍起となった。その方法をめぐっては大雑把に言って二つに分かれる。ひとつは伊藤博文に代表される近代化論。もう一つは山県有朋が領導した兵営国家論。この二つがある時は対立しながら、ある時は補完しながら被植民地化を回避し、吉田松陰が提示した打開策に向かって突き進んでいった。

植民地化を避けるためにはアジアを植民地化するしかない。それが「幽囚録」で示された通り朝鮮を併合し、満州領有に向かうことになった。これに日本民族主義の発展形たる大アジア主義が合流し、東亜新秩序の形成を目指して走り出して行った。民族主義は覚醒時は理不尽さへの抵抗原理となるが、いったん弾みがつくと急速に肥大化し覇道を求める性質を有するものだ。これは植民地主義を白人の専有物だと考えていた欧米列強に凄まじい衝撃を与えた。

ペリーの来航によって完全に覚醒した日本の民族主義は松陰の提示した方法によって怒濤の進撃を開始し、アメリカの投下した二度の原子爆弾によって木端微塵にされた。日本の民族主義の興隆と破摧。たった九十年のあいだにそれは起こった。これほど劇的な生涯は世界史上類例がないかもしれない。この濁流の後片付けに日本は相当の歳月を要することになるだろう。

船戸与一著「満州国演義9 残夢の骸」より

明治維新の理論的支柱となった吉田松陰の教え。

欧米列強のアジア進出が続く黒船来航の時代に、松陰は日本自らが帝国主義国となることを説いた。

そして松陰の弟子たちが中心となって革命を起こし、欧米に対抗できる国造りに邁進した。

その結果として、日本が植民地とされることはなかったが、日清・日露の戦いの中で自信をつけた日本人の間に帝国主義的な発想が瞬く間に広がっていった。

国内の不満を解消するために、国民の目を海外に向けさせる。

今、トランプさんが盛んに行っている中国叩きと同じやり方であり、古今東西、多くの施政者たちが同じ手を使ってきた。

しかし、そうした自分勝手な方策が良い結果を生むことはない。

一時的にはそれで凌げたとしても、相手国には抜き差しならない恨みが蓄積し、やがて別の問題が爆発するのだ。

日本を欧米列強から守るためには「利益線」である朝鮮半島を支配下に置かねばならない、朝鮮半島を守るためには満州を押さえてロシアに対抗しなければならない、満州国を経営するためにはモンゴルの阿片や華北の鉄鋼が必要だ。

そうして他人の領土に手を伸ばし、気がつけばバラバラだった中国人たちの間に民族意識が芽生え、中国との全面戦争に突入してしまう。

長期化する戦争は日本経済の体力を奪い、その行き詰まりを打開するために東南アジアの石油を求めて軍を南に進める決断をして、ついには望んでいない英米との全面戦争に突っ込んでいくのである。

すべての判断は目先の課題を解決するためのものであって、そもそもなぜ朝鮮や満州の支配が必要だったのかという根本が見失われていき、「神州」という正体不明な精神論が日本を物言えぬ社会へと変えてしまうのだ。

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トランプさんは、11月の大統領選挙に勝つことしか考えていない。

そのためには中国を悪者にして、正義のガンマンを演じているだけだ。

そこには何の哲学も長期ビジョンもない。

一方の中国は中国で、熾烈な権力闘争に勝ち抜いて毛沢東以来という絶大な権力を握った習近平さんは、その権力を維持するために「中国の夢」というスローガンを掲げ、かつて世界一の超大国だった古の大中華帝国の復活を目指している。

国内の凄まじい貧富の格差と矛盾を抱えた中国は、その不満のはけ口を海外に求めてくるだろう。

中国の海洋進出はまだ始まったばかりに過ぎないと考えるべきだ。

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第二次世界大戦の惨禍を知る世代が、ほぼこの世から消えた戦後75年目の世界。

もはや帝国主義の時代ではないとはいえ、なぜ国連という国際機関が生まれ、無力ながらも世界の平和をかろうじて守ってきたかという歴史を、世界中の人が改めて勉強すべき時が来ていると強く感じる。

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