<吉祥寺残日録>吉祥寺図書館⑩ 半藤一利著「世界史のなかの昭和史」(2018年/日本/平凡社)#210128

昭和史に詳しい作家でジャーナリストの半藤一利さんが先日亡くなった。

半藤さんの「昭和史」は以前から一度読まねばと思っていたので、図書館で探してみたがすでに貸し出されていて、代わりにこの本を借りてきた。

半藤一利著「世界史のなかの昭和史」

2018年に出版された半藤さん最晩年の作品である。

太平洋戦争に至る昭和史は、日本だけの視点で捉えるのではなく、世界史のなかにきちんと位置付けなければ、日本の指導部や若手参謀たちがどうしてあのような判断をしたのか正しく理解ができないとかねてより思っていた。

半藤さんの文章は、もともと「文藝春秋」の編集長だった人らしく、全体的には初心者にもわかりやすいよう平易に書かれている。

その中で印象に残った部分、今の世界に通じる部分があったので、書き残しておきたいと思う。

第一次世界大戦後、世界一の超大国に躍り出た1920年代のアメリカ。

そこには国際連盟の創設だけではなく、世界平和に貢献しようというウィルソン流の理想主義があった。

昭和3年(1928)8月に米・英・仏・日・伊・カナダなど15か国によって締結されたパリ不戦条約のことも特筆しておきます。はじめはフランス外相ブリアンがアメリカとの2か国だけの条約として提案したものでしたが、米国務長官ケロッグが「もっと広く世界平和のための一般条約にすべきである」と主張して、いってみれば世界的な条約となったものでした。これもまた、躍進の大国アメリカの自信の裏付けがあって初めてなったものと言えるかと思います。

「第一条 締結国は国際紛争解決のため戦争に訴えることを非とし、かつその相互関係において国家の政策の手段として、戦争を放棄することを、その各自の人民の名において厳粛に宣言する」

いかがでしょうか。非戦と戦争放棄、どこかで読んだことのある文言ではありませんか。そうです、戦後日本の新憲法の第9条です。人類永遠の理想ともいうべき世界的な取り決めであったと思いますが、違反に対する制裁規定は一行もありませんでした。

こうしてアメリカは第一次世界大戦で疲弊しきった世界に平和的な新しい秩序を作ろうと、実に積極的に力を尽くしていました。後にいう「世界の警察官」たろうとしていました。それができるだけの国力が充実していたのは、もう羨ましい限りであったと言えます。同じ昭和3年12月4日、時の大統領クーリッジが議会で声を大にして弁じています。

「我が国の企業や産業が生み出し、経済が蓄えた莫大な富は、国民の間に広く分配される一方、国外に着々と送り出され、世界の慈善事業やビジネスに役立っております。我が国の現状は誠に満足すべきであり、将来に対しても楽観的な期待を寄せることができるでありましょう」

日本国憲法第9条のお手本は、パリ不戦条約だったのか・・・。

しかし、経済が好調な時には人は寛大になるが、苦しくなれば態度を変える。

1929年に起きた世界恐慌によってアメリカの政策は一変し、それが世界を次なる戦争に向かわせる転機となったと半藤さんは指摘している。

この大暴落はたちまち地球規模に波及して、それでなくても傷んでいた世界各国の経済を崩壊させる瀕死の大不況となりました。それがアメリカが先頭に立って予想した「自由・開放経済体制」の地球規模の維持・発展をたちまちにして不可能にしてしまったのです。ただそれは一挙にきたわけではない。その根本は、実は、アメリカが国家政策を、暴落を契機にガラッと変えてしまったことにあるのです。

確かにアメリカ政府の「春になれば再び繁栄が戻る」の楽観は、突きつけられた深刻な事実によって粉砕されました。恐慌は続いて字義通りアメリカ全土に広がり、国民生活の全領域に大打撃を与えました。そうすると、たちまちに、わがアメリカがやらなければならないのは、世界平和のための献身とやらの立派なことではなく、国内優先の保護政策なんだ、となぜか政府も国民もそっちの方を選択するようになる。国家はそれぞれ利益を追求する。その現実に歩調を合わせて国を守っていればいい。余計なお節介の要なし、という現実主義に政府も国民もさっさと走る傾向がアメリカという国は強いようなのです。

ウィルソン流の理想主義は吹き飛んで行きました。平和主義の旗振りなんかクソ喰らえで、現実主義が大道闊歩となります。理想的なことばかり言っていては何も解決しない、得にもならん、という声が大となって、アメリカは世界新秩序のリーダーの位置からさあーと引っ込んで行き、せいぜい取れる政策となればモラトリアムぐらいであり、それ以上の政策をとることは不必要ということになりました。世界政略の大転換です。

これを見習うかのように、主要資本主義列強は次々とそれぞれの立場から自国保護政策の採用へと衣替えしていくことになったのです。よその国のことなんかどうでもいい、自分の国が大事と、そんな世界が到来するなどとは数年前には誰もが思わなかったのに、というわけです。

アメリカのこの保護政策への転換、この年に大統領となったフーバーはその政策を極端にまで強く推し進めます。それは確かに世界的な「時代の節目」を示していた、と今になればいうほかはありません。しかし、「時代の節目」というものは、その規模が大きすぎるとき、渦中にあるものにはなかなか気づかない、わかりづらいもののようです。その根底には、「きっと大したことにはならないはずだ」と、主観的・希望観測的に解釈してしまう人間の心理的特性というものがあるからでしょう。

「時代の節目」に生きている当事者たちは、そのことになかなか気づかない。

この本が書かれたのは、コロナ前のことなので当然パンデミックのことへの言及はないが、大恐慌に匹敵するような世界的な経済のダメージの渦中にいる私たちはおそらく「時代の節目」を通過中なのだろう。

パンデミックについては触れていない半藤さんだが、トランプさんについてははっきりと言及していた。

こんなことを書いていると、ふと、いまアメリカにトランプという強烈な保護主義的というか万事計算ずくの自国本位の政権が誕生したことは、これまた「時代の節目」というものではないか、との連想が湧いてきます。トランプ新大統領のいう「偉大なアメリカ」とは、世界で最も豊かで、強い、自国だけよかれの超然たる国家というイメージなのでしょう。貿易における自国保護主義や軍事外交における孤立主義を徹底化する。そして一国だけのわが世の春を謳歌する。オバマ大統領の8年間の「CHENGE」が理想に過ぎたからといって、アメリカが果たしてそういう政策に走り続けていくのか。

いやはや、「歴史はくり返す」といっているのではありませんし、安易にアナロジー化するのは危険です。そう書きながら、やっぱり歴史に学ぶことは大事だなとの思いを深くしています。もしも昭和5、6年ごろのように、世界各国がアメリカを見習って、国家主義的な自国保護の政策を一斉に取るようになったならば、かつてのナチスドイツや軍国主義国家の日本帝国のような、これを絶好の機会とみて国際法を平気で踏みにじる国がいくつも出てきて、余計な野心を燃やしたりするのではないか。そんな心配が消せないでいるのです。

この文章を書いているときにはまだ、トランプさんは現役大統領だったが、半藤さんはトランプさんが選挙で負けるのは見届けてから亡くなった。

果たしてホッとしたのか、それとも中国の台頭や世界の分断、SNSによるコミュニケーションの変化など潜在的な不安は変わらないと感じておられたのか・・・?

半藤さんの目には最後どんな光景が映っていたのだろう?

最後に余談を一つ。

半藤さんの本の中に、関東大震災が起きた大正12年に大流行したものとして、「船頭小唄」の名前がチラッと登場する。

🎵 

おれは河原の枯れすすき 

同じお前も枯れすすき

どうせ二人はこの世では

花の咲かない枯れすすき

私も子供のころ、時々聴いたことのある物悲しい歌だが、この曲を作詞したのは、童謡「七つの子」「赤い靴」「シャボン玉」などの作詞家として知られる野口雨情だということを初めて知った。

昨日1月27日は、野口雨情の命日に当たり、我が家の歳時記カレンダーに「雨情忌」と記されていたので、思わず目が止まったのだ。

野口雨情の歌碑が井の頭公園の中にある。

およそ20年間、彼はここ吉祥寺に暮らしたためだ。

歌碑だけでなく、井の頭自然文化園には彼の書斎を移築した「童心居」という茶室も残っている。

調べてみると、野口雨情は1924年に吉祥寺に越してきたという。

関東大震災の翌年である。

おそらく彼も震災で家を失い、郊外の吉祥寺に引っ越すことにしたのだろう。

彼だけでなく関東大震災後、吉祥寺の人口が飛躍的に増えたという。

そして「船頭小唄」が流行ったのも、関東大震災の年だったのだ。

震災で何もかも無くした多くの人たちにとって、「おれもお前も河原の枯れすすき」という歌詞が心に滲みたのだろう。

そして、関東大震災後の昭和金融恐慌とそれに続く世界恐慌(昭和恐慌)による国内経済の大混乱は、「満蒙は日本の生命線」とする日本の拡張主義の大きな動機になっていくのだ。

今回のコロナ禍は、大規模な財政出動によって当初私が予想したよりは経済が持ち堪えているが、コロナが終息し世界的に膨れ上がった債務問題がクローズアップされた時に大きな落とし穴が待ち受けているかもしれない。

「歴史探偵」を自称する半藤さんは、昭和という時代の幕開けが、奇しくも、ソ連でスターリン主義が確立する時期やドイツでヒトラーの「わが闘争」が出版された時期と重なっていることに注目する。

そして中国では蒋介石の北伐が進み、中国人にナショナリズムが沸騰する中で昭和が始まった。

そんな世界中が大きな転換点を迎えようとしていた時に、世界恐慌が起き、保護主義が一気に世界に蔓延した。

今を生きる私たちにとって、そんな「時代の節目」の教訓は学ぶ価値がありそうだ。

「野口雨情歌碑」

「童心居」

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