<吉祥寺残日録>ウクライナ危機🇺🇦 ロシア人が見る「パラレルワールド」!プーチンの国家戦略を学ぶ #220306

ロシア軍のウクライナ侵攻から10日が経った。

国際社会の心配と西側による経済制裁にも関わらず、圧倒的な武力にものを言わせた攻撃はおさまる気配は一向に見られず、逆に激しさを増している。

南部の要衝マリウポリでは、両国が一時停戦して住民の避難が行われることになっていたが、結局戦闘が止むことはなく、避難作戦は延期されてしまった。

プーチン大統領は5日、ウクライナでの軍事作戦の主な目的である軍事インフラ破壊は「事実上完了した」と述べ、作戦は予定通りだと強調したという。

しかし、一般市民を標的として街を無差別に破壊する攻撃は、今もエスカレートしていると指摘されている。

チェチェンやシリアでロシア軍が行ったような、全てを破壊し尽くす無慈悲な総攻撃がウクライナでも始まろうとしているのか。

しかしロシア国内では、政府による情報統制が一段と強まり、一般のロシア人たちは国際社会とはまったく異なる異世界「パラレルワールド」を見ているという。

プーチン大統領は、政権が「虚偽」とみなす情報を広げた場合に最高15年の刑罰を科せるようにする改正案に署名し、本格的な情報統制に乗り出した。

これを受けてジャーナリストの安全を守るためにロシア国内での取材活動停止を発表した英BBCのサイトに、こんな記事が載っている。

タイトルは、『ウクライナ侵攻をロシアのテレビで見る まったく別の話がそこに』。

その記事を引用させていただく。

ロシアの人たちは、この戦争について何をテレビで見ているのだろう。電波を通してどのようなメッセージを聞いているのか。以下は、3月1日にロシアで主なチャンネルをザッピングしていた人が、目にしただろう内容の一部だ。主なチャンネルはロシアの場合、政府と、政府に協力する企業がコントロールしている。

国営テレビ局「チャンネル1」はロシアで特に人気のチャンネルだ。その番組「グッドモーニング」は、ニュース、カルチャー、軽いエンターテインメントを組み合わせた、多くの国にありがちな朝の情報番組。

モスクワ時間1日午前5時30分(日本時間同午前11時30分)、通常の放送が変更になった。司会者が「みなさんよくご存じの出来事のため」放送予定を変更し、ニュースや時事問題の話題をいつもより多く伝えると説明した。ニュース速報は、ウクライナ軍がロシア軍の機器を破壊しているという報道は誤報で、「経験の浅い視聴者を欺く」ためのものだという内容だった。

「インターネット上では、フェイクとしか言いようのない映像が流れ続けています」と司会者が説明し、「雑に加工されたもの」だと説明する写真が複数、画面に映し出された。

引用:BBC
Screenshot from Russian television Channel One
画像説明, ロシア「チャンネル1」の画面から。番組司会者は、同じ軍用車両の写真を並べて示した。上の写真のキャプションは「ドンバス2014」、下のキャプションは「ウクライナ・モンタージュ」となっている。司会者は、上の写真は2014年の紛争で破壊されたウクライナ軍の車両で、下の写真は同じ写真を加工したものだと主張。ウクライナ軍の車両に、ロシアの軍装備によく使われる「Z」の標章が足されていると説明した

モスクワで午前8時になると、テレビ局NTVの朝の番組に切り替える。NTVは、ロシア政府の支配下にあるガスプロムの子会社が所有するテレビ局だ。この朝の番組は、ウクライナ東部ドンバス地方の話題ばかりだ。ロシア政府は2月24日、ウクライナの非武装化・非ナチス化のため、ドンバスで「特別軍事作戦」を開始すると表明した。

ウクライナの北にあるベラルーシからウクライナの首都キーウ(キエフ)まで、数十キロにわたり続く軍用車列については、まったく触れない。その30分後、イギリスのBBCラジオ4のニュース速報は、首都に迫る車列の話題で始まった。

「ドンバスからの最新ニュースから始めます。LNRの戦闘員は3キロ移動し、攻勢を続けています。DNRの部隊は16キロ移動しました」と、アナウンサーは説明した。

LNRとは自称「ルガンスク人民共和国」。DNRとは「ドネツク人民共和国」。ロシアによる8年前のウクライナ東部介入を機に、ロシアの後押しを受けて一方的に独立を宣言した親ロシア派地域のことだ。

共に国営放送でロシアで最も人気のチャンネル、「ロシヤ1」と「チャンネル1」は、ドンバス地方でウクライナ軍が戦争犯罪を犯したと非難した。ウクライナ市民を脅かすのはロシア軍ではなく、「ウクライナのナショナリスト」だと、ロシヤ1のアナウンサーは述べた。

「チャンネル1」のアナウンサーは、ウクライナ軍が「民間人とロシア軍に対する挑発行為」として、「民家砲撃を準備中」で、「倉庫をアンモニアで爆撃しようとしている」と説明した。

ロシアのテレビは、ウクライナで起きていることを「戦争」とは呼ばない。その代わり、攻撃は軍事インフラを標的とした非軍事化作戦、あるいは「両人民共和国を防衛するための特別(軍事)作戦」と表現される。

国営テレビでは、アナウンサーや特派員が感情的な言葉や画像を使い、ロシアによるウクライナでの「特別軍事作戦」とソ連のナチス・ドイツに対する戦いには、「歴史的類似性」があると強調する。

「子どもを盾にするナショナリストの戦術は、第2次世界大戦以来変わっていない」と、「ロシヤ1」の姉妹チャンネル「ロシヤ24」の朝の番組のアナウンサーは述べた。

「連中はまさにファシストそのもののように行動する。ネオナチは武器を民家の横に設置するだけでなく、子供が地下室に避難している家のそばにおいている」と、特派員はリポートした。ビデオには「ウクライナのファシズム」というテロップが出ている。

引用:BBC

ロシアのメディアは、政府の方針通り、ロシア軍がウクライナで民間人を攻撃しているという情報は全て「フェイク」だと断言している。

自分の意に沿わない情報は全て「フェイク」として切り捨てる。

そんな傾向はロシアに限ったことではなく、世界中に蔓延している。

その言葉を誰よりも世界に広めたのがアメリカの大統領だったという消し難い事実は、アメリカと敵対する国々のリーダーたちに自信を与えた。

私たちに今求められているのは、ただ単にロシア人を敵とみなすことではなく、一度相手の立場に立って考えてみることかもしれない。

戦争になれば、誰しも愛国心を掻き立てられ、自分たちのリーダーを信じ支えようという気持ちになるのだろう。

戦前の日本人もそうだったではないか。

プーチン大統領は昔と変わった。

精神状態が何かおかしいのではないか。

プーチンは何を考えているのかわからない。

ロシアの専門家たちが連日テレビでそんなことを語っている。

大方の専門家たちは、ロシアの狙いは武力で威嚇することであり、実際に軍事侵攻することはあり得ないと、侵攻前には語っていた。

自分たちの予想が裏切られて、もはやプーチンがどこまで突き進んでしまうのか誰にも予測がつかなくなっているようだ。

とはいえ、人間の本質はそれほど変わるわけではない。

秀吉の朝鮮出兵でさえ、秀吉なりの思考の積み重ねの中から浮かび上がってきた軍事作戦だった。

他の人から見ると奇異に感じられても、プーチン本人の中ではある種のロジックやシナリオがあるのだと私は推測する。

ただそれを読み解くにはあまりに私の知識が足りない、と感じた。

そこで図書館で一冊の本を借りてきた。

小泉悠著『プーチンの国家戦略〜岐路に立つ「強国」ロシア〜』

この本の中に、「支配圏」「影響圏」「利益圏」という考え方が紹介されていた。

これは2008年に勃発したロシア軍によるグルジア侵攻に絡んだ記述だが、ロシアにおける周辺国家の位置づけを知ることができると思うので、その部分を引用しておきたい。

ロシア帝国以来の「歴史的空間」である旧ソ連諸国は、東欧とは別格の勢力圏であり、この地域へのNATO加盟は断固認められないものであった。ロシアにしてみれば、この戦争の責任は、その勢力圏を無思慮に(あるいは悪意を持って)侵そうとしてきた西側にその一端があるということになろう。

もちろん、勢力圏とはいっても、反露的傾向を強めるウクライナやグルジアを完全に支配下に置けるとまでロシアが考えていたとは思われない。これについては、勢力圏というよく用いられる(それゆえに意味の曖昧な)言葉を、もう少し腑分けして見る必要があろう。

前述したロシアの国際政治学者トレーニンは、勢力圏を「支配圏ゾーン・オブ・コントロール)」、「影響圏(ゾーン・オブ・インフルエンス)」、「利益圏(ゾーン・オブ・インタレスト)」に分類して論じている。大雑把にいって、支配圏とは支配勢力の軍事力が展開し、その政治・経済・安全保障上の動向に対して強い影響力を及ぼすことができる地域である。冷戦期でいえば、ワルシャワ条約機構加盟国やコメコン加盟国がソ連にとっての支配圏に当たる。一方、影響圏に対する支配力はこれよりも弱いが、かといって都合の悪い外部の影響力を排除することができる程度の影響力が確保されている地域と整理できる。たとえばフィンランドや北朝鮮にはソ連軍が駐留していたわけではなく、必ずしもソ連がその動向を差配できたわけではないが、両国がNATOや中国の支配圏に入ることは阻止できているという点では影響圏には含まれていたといえよう。中立を強要できる程度の影響力、と言い換えてもよい。その周辺に広がる利益圏となると影響力はさらに低下するが、そこである国が特別の利益を確保し、これを脅かされないだけの影響力は行使できるということになる。いわゆる第三世界などがこれに該当する。

もちろん、以上は冷戦期の状況をもとにした類型化であって、実際の、特に現在のロシアをめぐる国際関係にそのまま当てはめることはできない。しかし、トレーニンが述べるように、プーチン政権下のロシアは旧ソ連を支配圏として完全にコントロールすることは諦めたものの、同地域を影響圏内には保とうとしていた。ウクライナ及びグルジアがNATOに加盟すれば、両国はロシアの影響圏からは外れ、逆に西側の影響圏がロシアの国境沿いに迫ってくることになる(ウクライナ国境からモスクワまでは最短で500kmほどしかない)。一方、ウクライナ及びグルジアにとっては、まさにロシアの影響圏を逃れてより豊かで安全に映る西側の庇護下に入ることがNATO加盟の目的であったし、それを後押ししたポーランドや米国にとってはロシア周辺の旧社会主義国を順次西側体制に組み入れて「安全化」していくことが順当であると考えられていた。

引用:小泉悠『プーチンの国家戦略』

「支配圏」「影響圏」「利益圏」、よく似た言葉が戦前の日本でも使われた。

明治21年、山縣有朋が提唱した「主権線」と「利益線」という概念である。

「主権線」はいわゆる国境であるが、それを守るためにはその外側に日本の影響力が及ぶ地域を持つことが必要と説き、その範囲を示すラインを「利益線」と呼んだ。

当時はまだ日清戦争の前であり、山縣は朝鮮半島を日本の「利益線」と考えた。

やがて、日本が朝鮮半島を併合すると、朝鮮半島や台湾までが「主権線」の内側に入り、それを守るためには満州が「利益線」となる。

満州を実効支配して満州国を建国すると、「利益線」はさらに中国本土へと広がっていき、それが泥沼の日中戦争へと繋がっていったのだ。

ロシアの安全保障にとってはウクライナが「支配圏」や「影響圏」に止まる方がいいのだろうが、おのれの国境を越えて他国の運命を握ろうとする試みは、常に悲劇しかもたらさない。

ロシアは世界でも有数の多民族国家である。

それは取りも直さず、帝政ロシア時代からシベリアやコーカサスを武力によって征服し、多くの少数民族を「支配圏」に組み込んでいった結果なのだ。

私たちが今目撃しているような蛮行が過去何度も繰り返されて、征服された少数民族は否応なしにロシアに組み込まれたまま、世界からその存在を忘れ去られていった。

帝国主義の時代には他の列強諸国も同じように世界中に植民地を作っていったが、第二次大戦後「民族自決」の理念が広まる中で、欧米の植民地の多くが独立国となったのが現在だ。

こうした「民族自決」の独立運動を支援してきたのは他でもないソ連だったが、自分の足下では少数民族の独立の動きを力でねじ伏せている。

なんという矛盾。

ロシアこそ解体されるべきなのだ。

私もその歴史的瞬間に立ち会った1991年のソ連崩壊。

東側の盟主であったソビエト連邦の消滅によって、ロシアもヨーロッパ共同体の一員となる日が来るだろうと期待されたが、プーチン大統領は全く違う視点からこの瞬間を見ていたのだ。

ソ連崩壊後のロシアではルーブルが全く価値を失い、タバコの「マルボロ」を貨幣代わりに買い物することができた。

駐車する時には、カーラジオやワイパーを取り外して持ち歩かないとすぐに盗まれる、そんな無秩序な混乱が起こったのだ。

ソ連時代を知る世代のロシア人たちにとって、経済と共に社会秩序までが崩壊した1990年代の屈辱は決して忘れることができないのだろう。

あの時代のロシアを見た人間として、その気持ちは理解できる部分もある。

そうしたロシア人たちの怒りがプーチン大統領を支えている。

同じ戦争を目撃しても、私たちとロシア人では見ている世界が違うのだ。

「パラレルワールド」を生きるロシア人たちとどうやって心を通じさせればいいのか?

戦前の日本人のように完膚なきまでの敗戦以外に人々の目を覚まさせる方法はないのだろうか?

<吉祥寺残日録>国連75年と吉田松陰の「幽囚録」 #200923