<吉祥寺残日録>「長崎平和祈念像」が井の頭自然文化園にある理由 #200809

今日、長崎に原爆が投下されてから75年を迎えた。

コロナで移動が制限された「特別な夏」。

私は自宅近くにある「井の頭自然文化園」を訪ねた。

開園時間からほどなく自然文化園に行くと、親子連れの行列ができていた。

遠出をしないよう呼び掛けられている今年のお盆休み、親子連れにはこの小さな動物園は大人気のようだ。

親子連れに人気のエリアを離れて・・・

いつものように広々とした「ヤクシカ」ゾーンを横目に見ながら・・・

お気に入りの「野鳥の森」を抜けて、さらに奥へと進む。

その目的は、動物ではなく、これである。

北村西望作「平和祈念像」。

そう、長崎原爆のシンボルであるあの「長崎平和祈念像」が、なぜかこの井の頭公園の中にあるのだ。

長崎には何度か行ったことがあるが、私は実物の平和祈念像を見たことがない。

だから比較することはできないのだが、井の頭公園の平和祈念像は長崎のそれの原型だそうで、高さは9.7mあり銀色に輝いている。

この平和祈念像は「彫刻館」の中心に据えられているもので、様々な角度から像を眺められるように建物が作られている。

こちらの写真は、像の足元から見上げる位置。

そして階段を上って、顔と同じ高さから像を見下ろすこともできる。

とはいえ、なぜこの場所に平和祈念像があるのか?

そのあまりに当然が疑問に答えてくれる冊子が像の前に置かれていた。

「北村西望と井の頭自然文化園の彫刻」と題されたこの小冊子を見ると、この場所に平和祈念像がある理由がよくわかる。

しかも、漫画だ。

その経緯を簡単にまとめると、こういうことになる。

祈念像の作者である彫刻家の北村西望は長崎県島原の出身。戦争が終わって5年目、原爆の記念碑ではなく祈念像を作るべきだと行政に提案したのは西望自身だったという。

当時、西望は北区西ヶ原にアトリエを持っていてそこで原型作りに取り掛かったが、彼が作ろうと考えた平和祈念像は40尺(約12メートル)もあり、どうしても巨大なアトリエを必要とした。

そこで西望は東京都に掛け合った。

その結果、東京都から示されたのが井の頭公園内の土地を使い平和祈念像を制作するアトリエを建設することだった。

そして、西望はここに巨大なアトリエを構えあの平和祈念像を制作したのである。

その西望のアトリエは今も自然文化園の中に残されている。

木立の中にひっそりと建つ三角形の木造建造物、これがアトリエだ。

アトリエの中は、屋根まで吹き抜けとなっていてなかなか壮観である。

西望は40尺の像が作れる大きさを希望したが、予算不足から最大32尺のものに縮小された。

そのため平和祈念像の高さは9.7メートルとなった。

西望は本当はもっと大きな像を作る計画だったのだ。

アトリエは今、展示スペースとなって制作は行われていない。

それでも、西望が作った巨大な「加藤清正像」の原型がそこに置かれ、その後ろには制作に使ってであろう高所作業のためのクレーンも見ることができる。

さらに巨大な平和祈念像をどのように作ったのかを説明するために、制作過程を示した3体の祈念像のミニチュアも展示されていて、意外に面白い空間に仕上がっていた。

アトリエ館の隣には、北村西望の作品を展示する2棟の「彫刻館」がある。

最初に紹介した「平和祈念像の原型」もこの建物の中央に鎮座しているのだが、彫刻館にはそのほかに西望が寄贈した500点もの彫刻が並んでいる。

東京都からこの土地を借りるにあたり、西望は「公共の土地を無償でお借りするのは道理に反します」と言って、建設したアトリエと全ての作品を東京都に寄付したのだという。

どうして井の頭公園に北村西望の彫刻館があるのか、ずっと疑問に思っていたが、今日初めてその理由がわかった。

ただ、平和祈念像を含めて、西望の作品はどうもいかめしく、ソ連や北朝鮮を感じさせるものがあり、私の好みではないとずっと思っていた。

でも今日改めてよく見ていくと、実に様々な題材を取り上げていることがわかる。

この「母子像」や「若き日の母親」といった作品には、温かさも感じる。

戦前には、「児玉源太郎大将騎馬像」「山県有朋元帥騎馬像」など軍国主義的な英雄像も多く手がけた北村西望だが、年齢を重ねるに従って作品のテーマも変わっていったのだろう。

「文化園の彫刻」と題する西望の書が掲げられていた。

今から五千年もの長い永い間に
幾十萬の人々が是を見て
何かを考え又何かに役立つ事があれば幸いである
人間のすることは人間の幸福の為にあらねばならぬと私は希う
昭和の大昔西望と云うおやじが此園内に居て
之等の作品を遺したとかたり傳えてくれたら本望である

自然文化園の出口に向かう途中の道に、あの「加藤清正像」の完成形が立っていた。

アトリエで見るとあんなにも巨大だった銅像は、自然の中ではちっぽけに見えてしまう。

所詮、人間が行うことなどその程度のものなのかもしれない。

井の頭の緑の奥にひっそりとたたずむ彫刻館。

戦争に想いを馳せ、静かに自分の内面と向き合うには悪くない吉祥寺の知られざる穴場だと私は思う。

1件のコメント 追加

  1. dalichoko より:

    さきほどWikipediaで、このポーズの意味を知りました。半眼なのも意味があるんですね。(=^・^=)

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