<きちたび>3泊4日ソウルの旅 2019 ① 「3.1独立運動」100周年を自ら体感するためにソウルに飛んだ

この週末、ソウルに行こうと思い立ったのは1ヶ月前のことだった。

目的は、「3.1独立運動」100周年をソウルで体感することだ。日韓関係が不必要に悪化する中、私自身が韓国のことをあまりにも知らないと痛感したからだ。

国と国の関係とは、いかにたやすく悪化するかをここ数ヶ月見せつけられてきた。政府と政府、メディアとメディア、そして国民と国民。お互いに被害妄想を膨らませ、お互いの立場を思いやる気持ちも持とうとせず、いたずらに関係を悪化させている。

「3.1独立運動」について、日本人はほとんど知らない。一方、韓国の人にとってはずっと大切な忘れてはならない記念日であり、そうした常識のズレが相互不信を招く。

自力で独立を達成できなかった韓国人にとって、「三一節」こそが韓国人自身による抗日運動の証であり、そこには複雑な民族感情が練り込まれている気がした。それを現地で体感してみようと思ったのだ。

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2月28日の夜便でソウルに飛び、明洞のホテル「ソラリア西鉄ホテルソウル明洞」に着いたのは夜中だった。テレビをつけると「3.1」の前夜祭と思われるニュースが放送されていた。

松明を手に行進する人々。

3.1独立運動とは、日本による植民地支配に反対して朝鮮半島各地で起きた大規模な抵抗運動だった。

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韓国の公共放送KBSでは、3.1独立運動を描いたドキュメンタリードラマを連夜放送していた。そこには当局の監視を逃れて密かに独立宣言書を用意する人たちの悲壮な姿が描かれる。

33人の宗教指導者が主導したこの運動だが、運動の中心を担ったのは若い学生や教師たちだった。彼らは、手描きの太極旗を掲げ「大韓独立万歳」を連呼しながら街頭を行進した。独立万歳を叫ぶデモは、労働者や農民などにも広がり、朝鮮半島全域に拡大していく。

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あれから100年。3月1日には、韓国各地で記念行事が予定されていた。

日本の外務省は、100周年に合わせてデモが発生し日本人が被害を受ける可能性があるとして、在留邦人や渡航者に対し注意を呼びかける「スポット情報」を出した。自民党の意見に押されたようだ。

いささか過剰反応という印象を受けたが、私も少し気を引き締めながらソウル市内を回ってみることにした。

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3月1日午前10時ごろ。

私がまず向かったのは、市内中心部にある「タプコル公園」だった。

100年前には「パゴダ公園」と呼ばれていた。ここで「独立宣言」が朗読され、万歳三唱が行われた。つまりここは、3.1運動発祥の地なのだ。

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公演前は、なんとも不思議なお祭り騒ぎになっていた。

ハングルで書かれているので、さっぱり意味がわからないが、ハーモニカを吹く怪しげな男たちの後ろの横断幕には「独島」=竹島の絵が描かれている。

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こちらには漢字で「三・一精神文化大革命」と書かれたのぼりが立っていた。

その隣には4人の人物か描かれていたが、右下の写真は伊藤博文を暗殺した安重根だった。様々な「反日」が、「3.1」に繋がっているようだ。

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民族衣装を身にまとった人たちが楽しそうに記念撮影している。

外務省が言うようなピリピリした雰囲気は感じない。日本で伝えられるのと実際に現地に行くのでは、受ける印象がまったく違う。こうした経験は過去の取材でもよくあった。やはり自分で現場を踏むことの意義は大きい。

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公園の中に入ってみた。

まず目につくのは、「3.1運動讃揚碑」。文字通り、3.1独立運動の歴史を後世に伝えるために作られた記念碑だ。プレートには、この地で読み上げられた「独立宣言書」が刻まれている。

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ちょっと長くなるが、「独立宣言書」の全文をネットから引用させていただく。

『     宣言書

我らはここに我朝鮮が独立国であることと朝鮮人が自主民であることを宣言する。これをもって世界万国に告げ人類平等の大義を克明にし、これをもって子孫万代に教え民族自存の正当な権利を永久に保有させる。半万年歴史の権威によってこれを宣言し、二千万民衆の誠忠を合わせてこれを布明し、民族の恒久一の如き自由発展のためにこれを主張し、人類的良心の発露に基因する世界改造の大機運に順応併進するためにこれを提起するものである。これは天の明命、時代の大勢、全人類共存同生権の正当な発動であり、天下何者といえどもこれを阻止抑制することはできない。

旧時代の遺物としての侵略主義、強権主義の犠牲となり有史以来数千年で初めて異民族に束縛される痛苦を嘗めてからここに十年が過ぎた。我が生存権が剥喪されたのはどれほどか、心霊上発展が障礙されたのはどれほどか、民族的尊栄が毀損されたのはどれほどか。新鋭と独創によって世界文化の大潮流に寄与、補裨できる機縁をわれらはどれほど遺失したであろうか。

噫旧来の抑欝を宣暢しようとすれば、時下の苦痛を擺脱しようとすれば、将来の脅威を芟除しようとすれば、民族的良心と国家的廉義の圧縮銷残を興奮伸張しようとすれば、各個人格の正当な発達を遂げようとすれば、可憐なる子弟に苦恥的財産を遺与しないようにするならば、子々孫々の永久完全なる慶福を導迎しようとすれば、最大急務は民族的独立を確実にすることである。二千万各個人が方寸の刃を懐にし、人類の通性と時代の良心が正義の軍と人道の干戈とで護援する今日、我が進んで勝ち取るのにどんな強さが挫かせられるだろうか、退いて作すのに何の志が展するだろうか。

丙子修好條規以来時々種々の金石盟約を食んだとして、日本の信の無さを罪しようとするものではない。学者は講壇で、政治家は実際で我が祖宗世業を植民地視し、我が文化民族を土昧人遇し、ただ征服者の快を貪るだけで、我が久遠の社会基礎と卓越する民族心理を無視するものとして、日本の義の少なさを責めようとするものではない。自己を策励することに急ぐ我は他を怨尤する暇はない。現在を綢繆することに急ぐ我は宿昔を懲弁する暇はない。今日我の所任はただ自己の建設にあるだけで、決して他を破壊することにあるのではない。厳粛な良心の命令によって自家の新運命を開拓しようとするものであり、決して旧怨や一時的感情によって他を嫉逐排斥するものではない。旧思想、旧勢力に覇靡されている日本為政者の功名的犠牲である不自然で不合理な錯誤状態を改善匡正して、自然で合理な政経の大原に帰還させようとするものである。当初民族的要求に出されない両国併合の結果が、畢竟姑息的威圧と差別的不平と統計数字上虚飾の下で利害相反する両民族間に永遠に和同することのできない怨溝を去益深造させた今来実積をみよ。勇明果敢をもって旧誤を廓正し真正な理解と同情とを基本とする友好的新局面を打開することが、彼と我が間の遠禍召福の近道であることを明知すべきではないだろうか。二千万含憤蓄怨の民を威力で拘束することは東洋の永久の平和を保障する理由にならないだけでなく、これによって東洋安危の主軸としての四億万中国人の日本に対する危懼と猜疑を濃厚にし、その結果として東洋全局の共倒同亡の悲運を招致することは明らかである。今日我の朝鮮独立は朝鮮人に正当な生栄を遂げさせると同時に、日本を邪路から出て東洋支持者としての重責を全うさせ、中国に夢にも逃れられない不安恐怖から脱出させ、東洋平和に重要なる一部をなす世界平和、人類幸福に必要な階段とさせるものである。これがどうして区々たる感情上の問題なのであろうか。

ああ新天地は眼前に展開された。威力の時代は去って道義の時代が来た。過去全世紀に錬磨長養させられた人道的精神は、今や新文明の曙光を人類の歴史に投射し始めた。新春は世界に来て万物の回蘇を催促しつつある。凍氷寒雪に呼吸を閉蟄したのも一時の勢いとすれば和風暖陽の気脈を振舒するのも一時の勢いであり、天地の復運に際し世界の変潮に乗じた我はなんらの躊躇なく、なんら忌憚することもない。我に固有の自由権を護全し生旺の楽を飽享し、我に自足の独創力を発揮し春満てる大界に民族的精華を結紐すべきである。

我らはここに奮起した。良心は我と同存し、真理は我と併進する。老若男女は陰欝な古巣から活発に起来して、万彙群象とともに欣快な復活を成し遂げる。千百世祖霊は我らを陰佑し、全世界気運は我らを外護する。着手はすなわち成功であり、前頭の光明に驀進するのみである。

公 約 三 章

一、今日我らのこの行動は正義、人道、生存、尊栄のための民族的要求であり、自由的精神を発揮するものであり、決して排他的感情に逸走してはならない

一、最後の一人まで、最後の一時まで民族の正当な意思を快く発表せよ

一、一切の行動は秩序を最も尊重し、我の主張と態度をあくまで光明正大とすること 』

この宣言書の最後に、「朝鮮民族代表」として33人が名前を連ねている。いずれも天道教・キリスト教・仏教の指導者たちだ。

植民地支配下で作られた宣言書ということもあるかもしれないが、極めて理想主義的な内容で今の韓国政府の主張と比べても反日色が薄い。この時代、朝鮮の進歩的な人たちは日本に留学し国家近代化のモデルとした。そして第一次大戦が終わり、ウィルソン米大統領が「民族自決主義」を打ち出した直後に書かれた文章であることも、理想主義的な内容の背景にはあるだろう。そんな時代だったのだ。

そしてこの宣言書を起草したのが、歴史家でジャーナリストの崔南善(チェ・ナムソン)。

彼も日本に留学した経験を持つ。帰国後自ら出版社を立ち上げ雑誌「少年」「青春」で積極的に執筆活動を行なった。3.1運動後日本当局に逮捕されたが、2年後に釈放され言論界で大きな影響力を持つようになる。

しかし一方で、崔南善は朝鮮総督府の委員を引き受け、満州国の大学で教鞭もとった。そのため戦後、彼は反民族行為処罰法で罰せられる。ただ、彼の歴史観は今も韓国に深く根付いているという。

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記念碑の隣に立つのが、孫秉熙(ソン・ビョンヒ)の像。花輪が供えられている。

孫秉熙は、民族代表33人の筆頭に名前がある運動のリーダーだった。彼は天道教の教主で、東学運動、近代化運動のリーダーでもあった。朝鮮政府の追及を逃れて日本に亡命したこともある。

朝鮮の近代化を目指し青年たちを日本に留学させた孫秉熙が独立運動の主導者となったことも、当時の日本と朝鮮の複雑な関係を表しているように感じる。

3.1運動後に逮捕され病に倒れた孫秉熙は、戦後韓国政府から「建国憲章」を贈られた。

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100周年を記念して作られた黄色い通路。

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3.1独立運動に関する写真や情報が展示されていた。

そんな通路の奥に目指す場所があった。

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100年前、独立宣言書が読み上げられた「八角亭」だ。

そこでは、一人の男性が演説していたり・・・

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別の男性が、八角亭をバックに万歳したり・・・

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民族衣装を着た楽団のメンバーが記念撮影したりしていた。

この後、タプコル公園でも記念式典が開かれたのだろう。私たちにとっては、ただの公園であり、ただの公園内の建物に過ぎないこの八角亭だが、韓国・朝鮮の人たちにとってはまさに「聖地」なのだろう。

ちなみに、100周年のこの日に合わせ、この八角亭でちょっと面白い動きもあったようだ。暗殺された金正男氏の長男ハンソル氏を保護している「千里馬民防衛」という団体が、金正恩体制に対抗する「臨時政府」の発足を宣言し、この八角亭で宣言書を読み上げる女性の動画をホームページにアップしたのだ。

3.1運動後、上海で臨時政府が作られ、戦後そのリーダーだった李承晩が韓国の初代大統領となった。その意味では、ハンソル氏が将来、北朝鮮のトップになる日が来ないとも断言できないのだ。

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とはいえ、「聖地」の周辺は文化祭のような華やいだ雰囲気だった。

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韓国の人たちにとっても、3.1運動は100年前の出来事である。太極旗を掲げ万歳を唱えて民族意識を再確認する日ではあるのだろうが、基本的にはそんな「愛国スタイル」を楽しむ一日になっている印象を受けた。

日本で伝えられる反日的な空気とのギャップ。メディアの責任も大きいと感じる。

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午前11時。政府主催の記念式典が開かれる光化門広場に移動する。

すでに多くの群衆とメディアが集まっていた。

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警備に当たる警察官も大勢配備されていて、少し警戒したが、しばらく観察していると警察官たちにも全くというほど緊張感は感じられないことがわかる。

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この広場には、たくさんの写真が並んだ祭壇が用意されていた。

3.1関連だろうと思ってよく見ると、セウォル号の事故で犠牲となった高校生たちの遺影だった。あれもこれもみんな繋がっている、そういうことだろうか?

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ちなみに光化門広場に立つ武将の銅像は、豊臣秀吉の朝鮮出兵に対抗して活躍した救国の英雄・李舜臣だ。

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李舜臣は朝鮮水軍を率い、棘で覆われた亀甲船を使って日本の大軍を苦しめた。

武力侵略で国中が焦土となっても、それに抵抗した李舜臣を英雄に祭り上げるあたりは3.1運動に通じる韓国の歴史観をうかがわせる。

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式典のメイン会場に入れない一般市民たちが、大型モニターに映し出される中継映像を見守る。果たしてどのくらいいただろうか? かなりの数だ。

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私たちが広場に着いてまもなく、文在寅大統領夫妻がメイン会場に姿を現した。

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日本のメディアを見ていると、「一般の韓国人はあまり日本に関心がなく政府と国民が解離している」といった発言をしている専門家も登場するが、この日この広場の光景を見ている限り、一般国民の関心も相変わらず高いということを感じる。

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そこに集まっていたのは、本当にどこにでもいる一般市民で、労働組合などに動員されたわけでもなく自分の意思でそこに集まった人たちだ。

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「民族の悲願である統一を実現したい」「日本には過去の歴史に真摯に向き合ってもらいたい」そんな素朴な思いを抱いた人たちがその広場に集まっているのではないか。日本のテレビで映し出される一部の過激な反日活動家たちとは全く違う、静かで平和的で広範な広がりのある抗議。そんな空気が韓国内にあるように私は感じた。

もちろん彼らがそう感じるのは、長年の教育や報道、政治家の発言の影響が強いだろう。抜き差し難い日本への不信が広く存在することは間違いない。しかし、それを拡大しているのは日本側の過剰な嫌韓世論のような気がする。

本当に不幸なことだ。

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女子高生たちが独立宣言書を読み上げる。

集まった群衆から歓声が上がる。

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何かのパフォーマンスでもあるのだろうか?

私たちの脇を3.1運動を再現した太極旗を掲げた一団が通り過ぎる。

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こちらにはチマチョゴリ姿の女学生たち。

主役は、若者たちに引き継がれようとしている。

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式典で演説した文大統領は、「朝鮮半島の平和のため、日本との協力を強化する」と直接の日本批判を避けた。

そのせいか、演説を聞く群衆の反応も控えめだった。

その一方で文大統領は、「親日残滓(ざんし)の清算」を進めるとも強調した。「親日」とは、日本の植民地統治に協力した人物及びその子孫を指す言葉だ。

戦後、南北に分断されすぐに朝鮮戦争が勃発したため、韓国では日本統治時代に要職にあった人物が主要なポストに残る事態が起きた。それが軍事政権へとつながっているというのが、文在寅さんたち民主派の主張だ。

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大群衆を見守るように光化門広場の中央に座るのは名君とされる李氏朝鮮第4代国王・世宗の像だ。そして時代が下って第26代国王・高宗の葬儀が3.1独立運動の引き金となった。

後ろに見えるのが、旧王宮「景福宮」の正門である光化門。日本はこの門を移転して、この場所に巨大な朝鮮総督府の建物を建設した。ここは、いろいろな意味で、日韓の歴史が衝突した場所なのだ。

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式典の最後、韓国軍の戦闘機が青空に100の文字を描いた。

50年前の東京オリンピックの演出を思い起こさせる。

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それを合図に、あちこちでデモ行進が始まった。

「大韓独立万歳!!」

そう叫びながら歩き始めた人たちの表情は、嬉しそうだったり恥ずかしそうだったり、人それぞれだが、100年前のような怒りや悲しみは当然のことながら感じられなかった。

ただ、日本に対する複雑な思いは若い世代にも確実に引き継がれていることを感じる場面に遭遇した。それは西大門刑務所歴史館でのことだが、長くなるので次に投稿で書きたいと思う。

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式典が終わり、広場から少し離れた頃、爆音とともに空軍機が低空を通り過ぎた。戦争になれば、ソウルも一瞬にして戦場となるのだと改めて実感する。

韓国の人たちにとって、北朝鮮との緊張が和らぎ戦争のリスクが遠のくこと、つまり今の平和が永続的に続くことが何よりの願いなのだろう。

拉致問題と自国の安全保障を最優先にする日本と何よりも南北融和を最優先とする韓国。

同盟国とは言いながらその目指すところが微妙に違う両国にとって、歴史認識の違いがその相互理解を妨げていることは不幸なことだ。韓国側に改善を求めることも必要だろうが、韓国の歴史を学び、実際に韓国を訪れて相手を理解する努力も、私たち日本人に求められているのではないかと改めて感じた。

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