<きちたび>カンボジアの旅〜30年ぶりのプノンペン!ホテル・レストラン・ショッピングモールに驚く

🔶「旅したい.com」から転載

<カンボジア>30年ぶりのプノンペン!ホテル・レストラン・ショッピングモールに驚く

🇰🇭カンボジア/プノンペン 2017年2月 1泊3日

カンボジアを30年ぶりに訪れました。仕事でのごく短い滞在でしたが、その変貌ぶりに驚かされました。

私が取材していた30年前のカンボジアは、まだポル・ポト時代の大虐殺が影を落とし、地方では内戦も続いていました。

カンボジアの今と昔をまとめてみました。

ホワイトマンション

プノンペンには、全日空の直行便でわずか6時間あまり。あまりの近さにびっくりしました。

30年前には、長い交渉の末に取材ビザを取り、バンコクからベトナムのホーチミン経由でようやくカンボジアに入ることができました。

まだ国際電話も使えない時代。一旦カンボジアに入国すると日本に連絡する手段はテレックスだけでした。

プノンペン空港に到着後、まず向かったのはホテル。そこでまた、驚かされます。

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今回宿泊したのは、「WHITE MANSION」

プノンペン市内中心部にあるこじんまりしたプチホテルです。でも、その内装は素晴らしく、ロビーのインテリアもとても上品でした。

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それもそのはず、この建物はかつてアメリカ大使館の邸宅として使われていました。

ロビーの窓からは熱帯の植物が眺められ、トロピカルムード満点で、街中の喧騒を忘れてしまいそうです。

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私が宿泊したのは、ジュニアスイートでした。

天井には扇風機。ベッドまわりのインテリアも実にセンスがいいお部屋です。

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2人がけの長いライティングデスクも素敵で、自宅に欲しくなりました。

洗面所には、大きな鏡・・・

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さりげなく南国の花が飾られ・・・

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ベッドサイドには、こんな仏像まで飾られていました。

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カンボジアは敬虔な仏教国です。

東南アジアのほかの国と比べても、穏やかな人が多いのですが、こんな国であの恐ろしい虐殺や内戦が起きたのです。

30年前のプノンペンは、今からは想像もできないでしょう。

30年前のプノンペン

この写真は30年前、1987年に私が撮影した首都プノンペンの様子です。

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当時、カンボジアは激しい内戦を戦っていました。

映画「キリング・フィールド」でも知られる大量虐殺を行なったポル・ポト派が、ベトナム軍によって政権を追われたのは1979年。

私が訪れたのはそれから8年後でしたが、傷跡はまだ色濃く残っていました。

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銃を持つ少年兵たち。

ポル・ポト派は大量虐殺に少年少女を利用しましたが、多くの大人が殺されたため、新政権を担うのもやはり若者たちでした。

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街中のいたるところに、クメール・ルージュ(ポル・ポト派)による虐殺を糾弾する看板が立てられていました。

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虐殺を記録した「トゥール・スレン博物館」にも案内されました。

荒れ果てた学校の校舎の中に、多くの頭蓋骨や拷問施設が無造作に置かれ、犠牲になった多くのカンボジア人たちの生々しい写真が壁一面に展示されていました。

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殺された人々の顔・顔・顔・・・

大量虐殺というマスではなく、一人一人の命、人生、無念さが写真を通して強烈に訴えかけてきます。

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あの当時、首都プノンペンは、ベトナムの支援を受けるヘン・サムリン政権が抑えていましたが、タイ国境に近い西部地域は、ポル・ポト派の残党や旧国王シアヌークの勢力などが支配し、ヘン・サムリン政権と戦っていた。

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そのため、タイ国境には大量のカンボジア難民が流出し、国境沿いにはいくつもの難民キャンプが作られていた。

こうしたカンボジア難民キャンプにも何度も取材に行ったものです。

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難民キャンプではベビーブームが起きていて、多くの子供たちが暮らし、そして働いていました。

ただ難民キャンプは同時に、反政府ゲリラの出撃拠点でもあり、国連の援助物資が反政府側の兵士に流れていることへの批判もありました。

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世界から戦争をなくすために働きたいと思っていた私にとって、カンボジアはまさに原点のひとつです。

この年、1987年、カンボジアに駐留していたベトナム軍の一部撤退が始まりました。

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私たち外国の報道陣は当局が手配した車やヘリに乗って、各地での撤退式を取材しました。

常に情報省の役人が報道陣に同行し、自由な取材は許されませんでした。

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撤退するベトナム兵を多くのカンボジア市民が旗を振って見送ります。

クメール・ルージュによる狂気の時代から解放してくれたベトナムに感謝する気持ちもあったでしょうが、歴史的にはカンボジアはベトナムなど周辺諸国から度々侵略され、領土を奪われてきた過去があります。

カンボジアの人びとの心は複雑なのです。

「MALIS」と「TOPAZ」

30年ぶりに訪れたプノンペンの街は激変していました。

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市の中心部には高層ビルが次々に建設されていました。看板を見ると、中国の建設会社が主導しているものが多いようです。

短い滞在中、2軒の素敵なレストランで食事をしました。

これも30年前には考えられない驚くべき変化です。

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最初の夜に訪れたのは、カンボジア料理の名店「MALIS」。

市の中心部、独立記念塔近くにあるおしゃれなお店で、夜は美しくライトアップされていました。

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入口では大きな仏像がお出迎えしてくれます。

クメール料理は、辛くないタイ料理といった印象で、スープなどは“うまみ”を感じます。この店は特にプノンペン一の高級店ということもあり、どの料理も文句なく美味しく、接客も申し分ありませんでした。

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6人でとりわけて腹一杯飲んで食べて一人3000円。日本でもしこのレベルのお店で飲食すれば一人2〜3万円は覚悟しないといけないだろうと思いました。

2日目のお昼はフランス料理店「TOPAZ」。こちらは前夜の「MALIS」の系列店で、プノンペンでもトップクラスの高級店だそうです。

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セレブの邸宅といった風情の建物で、広い中庭には大きな樹が植えられています。菩提樹でしょうか。

カンボジアはかつてフランスの植民地だったこともあり、フランス料理のレベルも高いと言います。

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ご馳走になったので正確な料金はわかりませんが、ランチコースは3000円くらいからいただけるようです。

日本だと、昼でも1〜2万円は覚悟しなくてはいけないレベルでしょう。やはりカンボジアの物価はまだすごく安いようです。

イオンモールも進出

街中を走る自動車は、日本製が多いように感じます。

オートバイや三輪タクシーに囲まれながら、レクサスのランドクルーザーがバンバン走っています。

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信号はまだ少なく、至る所で道路の拡張工事が行なわれています。

そんなプノンペンで一番、日本の存在感を感じさせる場所がイオンの巨大ショッピングモールです。

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イオンモールは2年前からプノンペンに進出しました。

街の中心部に現在の1号店があり、郊外に1号店よりさらに大型となる2号店を建設中です。

中を見て回りましたが、日本の食品も充実している。

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アイスも種類が豊富で・・・

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味噌やおでんもたくさん売られています。

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れんこん、山芋、舞茸など渋い食材も手に入ります。

えびせんは、なぜかハングル表記のものが並んでいました。

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緑色の魚や・・・。

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茶色いお米など日本では見慣れないものもあります。

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ただ、白い普通のお米も売っているので、心配いりません。

そしてもちろん、南国のフルーツもいっぱい。

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“フルーツの女王”と呼ばれるマンゴスチン。

バンコク駐在時代、私はこの果物が大好きでした。

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そして、“果物の王様”ドリアンも山積みです。

匂いのきついこいつは、私は今でも苦手です。

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イオンモールの中には、地元テレビ局のスタジオもありました。

ここから、番組を発信したり、公開収録を行ったりするようです。

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驚いたことに、スケートリンクまであります。

氷ではなく樹脂で作られたスケートリンクでしたが、暑いプノンペンの街からここに来るとグッと涼しい空気に包まれることができます。

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巨大モールの出店によって、日本人にも暮らしやすい環境が整ってきたといえるでしょう。

実際に最近、カンボジアに移住する日本人も増えているそうです。

ただ、カンボジアに進出した日本人の前には、中国の巨大な壁が立ちはだかります。

親中国カンボジア

今回のカンボジア訪問は、現地のテレビ局を視察することが目的でした。

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この局は音楽番組で定評があり、アメリカの人気番組のフォーマットで制作されている「カンボジアン・アイドル」というスター発掘番組は特に若者たちに絶大の人気だといいます。

30代以下が人口の7割を占めるカンボジアでは、やはり若者向けの番組が人気があるようです。

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ドラマは、中国、韓国、インドの作品が人気です。日本のドラマはほとんど放送されていません。まったくなじみがないというのが一番の理由ですが、話数の少なさもネックになっています。

ただ、カンボジアは中国との強いという側面は否定できません。

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テレビ局の入口には、私にはちょっと懐かしい故・シアヌーク国王夫妻の写真が飾られていました。

内戦時代、ジャングルや難民キャンプで何度かシアヌーク殿下を撮影したことがあります。カンボジアの激動を身をもって体現したシアヌーク国王は2012年に亡くなりましたが、シアヌーク国王も長い間中国に亡命していました。

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そして現在の元首は、第6夫人との間に生まれたノロドム・シハモニ国王。2004年にシアヌーク国王が退位を表明し、後継に選ばれました。

私はシハモニ国王のことはまったく知らなかったので調べてみたのですが、プラハでクラシック・ダンスを学び、北朝鮮で映画撮影技術を学び、フランスでバレエを教えていたという政治とは無縁の経歴だったようです。

政治の実権はフン・セン首相が握っていて、国王は王宮で事実上の軟禁状態に置かれているという情報もあります。

フン・セン首相は、30年前もすでに首相を務めていて在任期間は世界最長です。このフン・セン首相は中国からの経済支援を受けて独裁色を強めていて、「何があっても中国は友人」と公言しています。

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30年ぶりに訪れたカンボジアでは、人びとの明るい笑顔が心に残りました。

経済発展により、内戦の記憶は薄れつつあるのでしょう。政治が、そうした庶民の暮らしを再び破壊しないよう、見守っていきたいと思います。

駆け足の旅でしたが、ちょっとうれしい気持ちになれた2日間でした。

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