湯島聖堂

朝日新聞記者の轡田隆史さんの著書「観光コースでない東京」を読んだ。

若い人たちにも読みやすいよう初歩的な情報も省略せず、簡潔な文章で東京の歴史スポットを解説していく。最初は「そんなこと知ってるよ」という感じもしたが、「そんな事も知らない」人を対象に本を書くと、こんな感じになるのだとも思った。

その中からきょう初めて訪ねたのが「湯島聖堂」。

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お茶の水駅のすぐ近くにあるいわゆる「孔子廟」である。儒教の祖、孔子やその弟子たちをまつった施設というところか。

儒学者の林羅山が上野に学塾を建て、1632年に尾張藩主・徳川義直が聖堂を寄進、さらに1691年、五代将軍綱吉はこの孔子廟を幕府の直営にするため上野から湯島に移したのだ。

「犬公方」として知られる綱吉だが、大変な学問好きで自ら儒学の講義をしたといわれる。

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湯島聖堂の中心には「大成殿」と呼ばれる建物があり、この中に本尊といえる孔子の像が安置されている。中国風のケバい寺院に比べると黒い柱と壁の上に青銅色の屋根がシックで落ち着いた重厚な印象を与える。個人的には好きだ。余計なごてごてした飾りもない。

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門を出ると感じのいい小径があり、そこを進むと屋外に孔子の大きな銅像が立っている。こんな場所があるのは知らなかった。

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「論語」は、5世紀の初めごろ百済の博士・王仁(わに)によって伝えられた。古事記に先立つこと300年も前のこと。日本人が手にした初めての書物は「論語」だったのだそうだ。

そして、大化の改新以来、儒教は貴族層の必須の教養になる。鎌倉時代には南宋の新たな儒学である朱子学が禅僧に学ばれ、江戸時代には武士にとって最も重要な教養となった。明治以後は国民道徳として、学校の教育などで大いに教えこまれた。

古事記より論語の伝来の方が早かったとは…。60年近く生きてきて、知らない事ばかりだ。

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ついでながら、「観光コースでない東京」の中から、興味がある場所をいくつかピックアップしておく。

①江戸城天守閣跡に残る「松の廊下」の標石、②6人の将軍が埋葬された上野・寛永寺と芝・増上寺、最後の将軍・慶喜は谷中の墓地、③吉良邸(本所松坂町公園)、④聖徳記念絵画館(明治天皇の業績を描いた絵画)、⑤将門塚と平将門人気、⑥本郷・菊坂、⑦東京国立近代美術館工芸館、⑧浜口首相遭難現場(東京駅構内)。

また暇な時に訪ねてみよう。

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