新元号は「令和」

その瞬間、私は不動産屋にいた。

私は、会社近くに本当に小さなワンルームマンションを所有している。東日本大震災直後、いつ次の地震が来てもおかしくないと思い、いつでも出社できるよう会社近くに居場所を確保したものだが、報道現場を離れた後、人に貸していた。

この部屋を借りていくれていた人が、転勤で3月いっぱいで退去した。そのため、今日の午前中、不動産屋さんと一緒に部屋の確認に行ったのだ。

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気がつくと、11時40分。

スマホでTBSの中継映像を見ると、ちょうど菅官房長官が新元号を発表するところだった。

新元号は「令和」。「大化」から始まった日本における248番目の元号だ。

私は、傍にいた妻に、「令和だって」と伝えた。妻はかなり前から、新元号が何になるかいろいろ予想していた。「どんな元号になると思う?」と何度も私にも問うた。私は事前に予想しても仕方がないと、いつも曖昧な返事をしてごまかした。本当に、事前予想には興味がなかったのだ。

「令和」という新元号を聞いた第一印象は、やはりちょっとしっくりこない感じだった。ただ、額に縦書きで記された令和の文字はとても収まりがいいと思った。

出典は、万葉集。初めて日本の国書から採用された。

安倍さんのことだから、必ず日本の古典から選ぶだろうと予想していたが、古事記や日本書紀ではなく万葉集を出典としたのは良かったと思う。これからの元号も、こうした日本の古い歌集から選ばれることになりそうな気がする。

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「春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように一人ひとりが明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる、そうした日本でありたいとの願いを込め、決定した」

安倍総理は、記者会見で新元号に込めた思いをそのように語った。

典拠となったのは、万葉集巻五、梅花の歌の序文だ。

「初春の令月にして 気淑(よ)く風和ぎ 梅は鏡前の粉を披(ひら)き 蘭(らん)は珮後(はいご)の香を薫(かおら)す」

この梅花の歌は32首あり、大伴旅人を中心とするグループが詠んだとされる。

旅人は藤原氏との政争に敗れた長屋王と親しかったために大宰府に左遷された。仲間を集め、都をしのびつつ、「梅花の宴」を催した。その時に読まれたのがこの「梅花の歌」だという。

そのゆかりの地が、太宰府にある坂本八幡宮だとされ、早速注目の場所となっている。

万葉集や和歌がブームになりそうな予感がする。

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「ところで、中国の元号はどうなっているんだっけ?」

ニュースを聞きながら、ふとそんなことが気になった。

ネットで調べてみると、1911年、辛亥革命による中華民国の成立とともに元号は廃止されたということを知った。

中国での元号は、紀元前115年ごろ漢の時代に始まり、1911年の清朝滅亡とともに廃止された。本家での元号は廃止され、その伝統を輸入した日本で生き残った。今や元号を持つ国は世界中で日本だけなのだ。

新元号「令和」決定のニュースは、本家中国でも速報で伝えられた。

余談ではあるが、その中国では今日、2機の中国軍機が中間線を超えて台湾空域に侵入するという気になる出来事があった。日本では、新元号のニュースにかき消されほとんど報道されなかったが、どうやら意図的な侵入とみられ、今後台湾海峡の緊張が一気に高まることも予想される。

「令和」という新時代も、厳しい国際環境は続くことになりそうだ。

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天皇陛下のビデオメッセージで始まった生前退位の流れ。

結果からすると、とてもいい判断だったと思う。天皇崩御で始まる新しい時代では、今回のような祝賀ムードにはどうしてもならない。

新元号の発表、新天皇の即位がそれぞれ国民の大きな祝賀の場となる生前退位は、従来の代替わりに比べ今日的で優れた形式だろうと思う。

私もこの機会をとらえて、天皇制という日本固有のシステムについてもっと勉強してみようと思っている。

天皇家はいかにして、絶対権力を握ったのか?

明治政府が作り上げた天皇像は、どこまでが真実で、どこからが虚構なのか?

私は、天皇の歴史のほんの一部しか知らない。

平成から令和に変わるゴールデンウィークの10連休を利用して、紀伊半島の旅に出かけようと計画している。奈良、伊勢、熊野、そして和歌山を巡る。いずれも天皇家ゆかりの場所だ。

奈良には小学校の修学旅行で行っただけ、伊勢神宮にも仕事の関係で短時間一度お参りしただけだ。熊野や和歌山には一度も行ったことがない。できれば、仁徳天皇陵や高野山にも足を伸ばしてみたい。

天皇を理解することは、日本の歴史を知る上で欠かせない。

あまりに膨大で、複雑なその歴史の全てを理解することは難しいだろうが、その概要ぐらいは理解したいと思っている。

一人一人の日本人が、日本の歴史を理解する努力をすること。それが「令和」を平和な時代にするために必要だと感じている。

 

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