平成から令和へ

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処方してもらった漢方薬がとてもよく効いたので、ノロによる吐き気や下痢は1日で治り、明日からの伊勢旅行にはどうやら行けそうな状態になってきた。

いよいよ平成も残すところあと1日。

平成の最後の月に起きたニュースの中から、気になったものを少し書き残しておきたい。

 

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4月21日、スリランカで同時爆弾テロ事件が起きた。

イースターの日にキリスト教の教会や外国人が多く宿泊するコロンボ市内の最高級ホテルが標的となった。

コロンボ在住の日本人女性を含む253人が死亡したこのテロを引き起こしたのは、イスラム国の影響を受けたスリランカの少数派イスラム教徒だった。

私はかつてこの国の内戦を取材した。

多数派シンハラ人と少数派タミール人による民族紛争であり、当時は宗教色は強くなかった。むしろ世界各地で続いていた民族解放運動の側面が強く、シンハラ人中心の政府軍に対しタミール人反政府組織「タミール・イーラム解放の虎」が独立を求めてゲリラ戦を展開していた。

私のコロンボ滞在中にも、市内で爆弾テロが起きた。ホテルのゲートでは、車の裏側まで入念に調べる厳重なチェックが行われていた。

その内戦が終結したのは2009年だった。その後は、治安が安定し世界中から観光客を引き寄せる人気の国となっていたそうで、今回のテロは本当に残念だ。

シリア・イラクにあったISの拠点は壊滅し、その構成員たちは世界中に散らばった。彼らの力は確実に弱まっているが、単発的なテロはどこでも起こり得る。

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25日には、金正恩委員長とプーチン大統領がウラジオストクで初会談に臨んだ。プーチン大統領は「ロシアが仲介役を務める」と約束したというが、ロシアはそんな状況ではないだろう。

北朝鮮をめぐる交渉は、予想通り迷走を繰り返している。

日本は一貫して蚊帳の外、一時は主役を務めた文在寅大統領も死に体となり、カギを握るのは結局トランプ大統領というのは、どう考えても喜劇、いや悲劇でしかない。

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ついでにもう一つ、最近で気になったニュースといえば、池袋で87歳の男が運転する車が暴走し、横断歩道を渡っていた母親と3歳の女の子を死亡させた事故。起きたのは、19日のことだ。

またもや起きた高齢者による痛ましい事故だが、今回の事故を起こした男の扱いは異常だった。警察は、男が入院中として逮捕せず、「飯塚さん」と「さん」づけで呼ぶメディアまであった。暴走して幼い命を奪って「さん」づけはいかにも違和感がある。

どうして、こんなことになったのか?

男は、旧通産省工業技術院(現産業技術総合研究所)院長や、機械メーカー大手「クボタ」の副社長を務めた大物だった。ネット上では、忖度が働いて異例の扱いになったと炎上した。今回に限っては、私もネットの意見に同意する。

「クボタ」にそんな特別な力はないだろうから、警察が逮捕しないのは、通産省、現在の経産省に対する忖度に違いないと私も考えている。

警察以上に違和感を感じるのは、一部メディアの対応だ。いくら警察が逮捕しないからと言って、メディアまでが「さん」づけするのはおかしいだろう。編集者のセンスが昔とは明らかに変わってしまったようだ。

他の交通手段がたくさんある都会で起きた高齢者の交通事故は、どんな理由があろうとも、絶対に厳しく罰せられるべきである。

 

どのようにして、新しい時代「令和」を迎えるのか?

テレビでは、平成を振り返る番組を各局が競って放送している。

平成のキーワードを挙げろと言われれば、私は迷わず2つのキーワードをあげるだろう。

それは、「冷戦後」と「インターネット」である。

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平成が始まった1989年は、ベルリンの壁が崩壊した年だった。

生まれた時から東西冷戦が当たり前だった私にとって、冷戦とは世界を支配する基本原則のようなものであった。あって当たり前。世界大戦を経ずに冷戦が終わることなど、考えられなかった。

誰でも、特に若い頃は、自分が知っている世界がすべての基本だと錯覚してしまう。私にとって「冷戦」とはそういうものだった。

平成のスタートとともに、その「冷戦」が嘘のように消えて無くなった。アメリカ一強と呼ばれた時代が始まり、世界中が自由で幸せな時代を迎えると思えた。

でも、それも錯覚だった。

アメリカ一強は、テロの時代の幕開けに過ぎなかった。

今回のスリランカのテロは、反政府の活動がかつてのゲリラからテロリストへと変貌したことを象徴している。イデオロギーの代わりに宗教が前面に現れ、場所を選ばず暴発する。

そして、中国が世界のスーパーパワーとして台頭したのも冷戦後の大きな変化だ。

北朝鮮問題も影の主役はやはり中国だ。数千年にわたって東アジアの中心であった中国がどう動くのか、島国という特殊性でかつてはその影響を最小限にしか受けなかった日本だが、現代社会では中国と無関係に国家運営はできない時代となった。

今の状況が未来永劫続くと思うのは、常に錯覚なのだ。

アメリカの時代もいつか終わるだろう。100年、1000年というスパンで考えれば、インドだったり、アフリカだったり、まったく違ったパワーバランスが生まれるのは必然なのだ。

 

そしてもう一つのキーワード「インターネット」。

誰もが自由に情報を発信できる社会が、人類史上初めて実現した。そんな新しい社会で何が起きるのか、まだ人類は模索中だ。

スリランカで起きたテロの首謀者も、インドから過激思想をインターネットで発信していた。ISが世界中に支持者を広げたのも、インターネットなくしては実現できなかった。

北朝鮮やロシアは、世論操作や犯罪行為にインターネットを利用している。巨大施設を必要としないサイバー空間での戦争は、高度に訓練された技術者を組織的に養成することによって先進国とも戦うことができる。

そして池袋の交通事故。ネット世論は車を暴走させた男に集中砲火を浴びせている。そこには「正義」が形作られ、名誉毀損や営業妨害も日常茶飯に行われる。今回のケースでは、私も男を弁護する気はないが、ネット上の「正義」がどこに向かうのか、しばしば危うさを感じる。

匿名性の高いネット空間で悪意のある嘘の情報が捏造されること、これは何らかの方法で規制する必要があると考える。しかし、現実にはとても難しいことだ。

そういう意味では、中国が一番インターネット社会をうまく利用しているのではないかと、最近感じる。個人の自由を標榜して生まれたインターネットが、成長するに従って一党独裁の強権国家と一番親和性があったというのは、笑えないジョークだ。

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こうして世界から問題がなくなる時代は絶対に来ないだろうが、平成の時代は相対的にいい時代だった。

その象徴が、今の天皇陛下だったのだろう。

平成の天皇は、「平和」を旗印とした。中国をはじめ国内外の戦争の傷跡をめぐり、一つ一つその傷を癒して回った。どんな言葉以上に、その立ち居振る舞いに「平和」のメッセージが込められていた。

退位にあたり、これほど多くの国民が心の底から感謝の気持ちを表していることこそ、平成の天皇皇后の功績である。素晴らしい天皇皇后であった。

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5月1日には、皇太子殿下が新たな天皇に即位する。皇后は雅子さまだ。

前任者が優れていると、跡を継ぐものは苦労するだろうが、私はお二人にとても期待している。特に、長くバッシングされてきた雅子さまには大いに頑張っていただきたいと思う。

新天皇には、平成の天皇がやり残した平和の活動は続けていただきたい。北朝鮮はもちろん、韓国やロシアにもまだ天皇は行ったことがない。もちろん政治が決める問題だが、もしそうした機会が訪れた時には、平和のメッセージを行動で伝えていただきたい。

さらに、令和の天皇として発信していただきたいのは「環境」や「貧困」といった地球全体に関する大きな問題意識だ。

日本ではまだまだ取り組みはこれからだが、国際社会では「SDGs」が大きな共通課題となっている。「持続可能な開発目標」と訳され、2015年の国連総会で採択された行動指針は、これからの心ある人たちの目標となるだろう。

「貧困」「飢餓」「水」など17のテーマからなる。「水」は新天皇の研究テーマだ。新皇后はもともと外務省キャリアの経歴を持ち、本来こうした国際的なミッションにことご自身の働く場所があると考えられていたはずだ。

今こそ、大いにその能力を発揮していただきたい。

皇室を取り巻く古いしがらみを打ち破り、国際社会で平和的で先進的な役割を果たすことは、新しい天皇皇后にはできると信じる。

雅子さまの外国訪問を禁止し、子作りだけの女にしようとした忌まわしい取り巻き連中を駆逐して、まったく新しい令和の皇室を作られることを期待している。

 

 

 

 

 

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