南京博物院

南京は北京、西安、洛陽と並ぶ中国四大古都の一つ。その歴史は2500年にもなり、10の王朝が都を置いた。そんな南京の歴史を見たいと思い「南京博物院」を訪れた。

IMG_5124

5月6日、土曜日の朝。地下鉄2号線の明故宮駅から歩いてすぐだ。

中国三大博物館の一つだという。広大な敷地にゆったりと6つの建物が建っている。

IMG_5128

正門を入ってすぐ左手に「服务中心」と書かれた建物がある。よく見ると「サービスセンター」という日本語も添えられている。まずここに立ち寄る必要がある。

IMG_5129

2013年に改修工事が終わったばかりということで建物はとても綺麗だ。

正面のカウンターに行くと入場券のようなものをもらえる。なんと入場無料だ。

この券を受け取ったら、サービスセンターを一旦出て、敷地奥の赤い屋根の建物に向かう。

IMG_5132

長い長い中国の歴史を知ることができる「歴史館」だ。

IMG_5134

中に入ると、いかにも中国らしい鮮やかな天井が迎えてくれる。ここで入場券を渡して、展示室に入る。

IMG_5135

いきなり恐竜の骨格標本が出迎えてくれる。中国は世界的な恐竜大国だ。最近では世界的な大発見の多くが中国でなされている。しかし、ここは科学博物館ではないので、恐竜の展示はごくわずかだ。

これは「南京人」の化石化した頭蓋骨の3D映像だそうだ。詳しいことはわからないけど、どうやら北京原人のような「古代南京人」がいたということらしい。「南京人」で検索してみると、日本語での説明は出てこないが中国語のものはいくつか引っかかる。何が書いてあるのかわからないが最近の研究成果のようだ。

IMG_5149

8000年から4000年前の新石器時代。土器の形がユニークだ。

IMG_5155

紀元前2100年から1100年の「夏商時代」。南京周辺エリアでも青銅器の時代を迎えた。「夏」は中国の史書に記された最古の王朝だ。日本では縄文時代に当たる。その頃すでにこんな精巧な青銅器を作る高度な文明を持っていたことがわかる。

IMG_5163

紀元前1100年から671年は「西周時代」。釣り師の呼び名として今日も使われる「太公望」はこの周の軍師だった。

IMG_5176

紀元前670年から306年の「春秋時代」。周の勢力が衰え小国が覇を競った。この時代から武器の展示が目立つようになる。上の写真は「剣」。

IMG_5177

こちらは「戈(ほこ)」。長い柄の先につけて戦う。同じ読みの「矛」は槍のように柄の先端に水平取り付けるのに対し、「戈」は垂直に取り付けるのだという。「矛盾」の「ほこ」は槍のような「矛(ほこ)」だということを知った。

「呉越同舟」という言葉が残る「呉」と「越」が戦ったのが春秋時代だった。そして孔子も春秋時代の人。乱世を憂い人間のあるべき姿を説いて諸国を歩いた。

IMG_5184

紀元前306年から223年の「戦国時代」。周の権威が完全に失われ戦国七雄という7つの大国が争う弱肉強食の時代となる。武器も青銅器から鉄器に変わる。そして南京周辺エリアは「楚」の支配下に入る。

そしてその戦国時代を終わらせ中国と統一したのが「秦」だった。

IMG_5206

紀元前221年から紀元220年の「秦漢時代」。秦の中国統一は始皇帝の死によってわずか15年で終わるが、度量衡の統一、通貨の統一、万里の長城の建設など多くの改革を断行した。

IMG_5193

そして始皇帝の死後、側近の暴政に立ち上がったのが司馬遼太郎の小説でも有名な項羽と劉邦である。そして劉邦が建国した「漢」は400年間続く。

IMG_5214

社会が安定する中で、文化も発展した。

IMG_5217

この豚小屋は私のお気に入りだ。

IMG_5200

銀と玉でできた衣装。この時代、壮大な陵墓が築かれ、埋葬の文化も発達した。

私たちが使う漢字は、始皇帝が文字の統一をはじめ、漢の時代には「隷書」の形で整理された。「楷書」や「草書」はその後「隷書」から派生したらしい。

IMG_5224

229年から589年の「六朝時代」。

IMG_5242

「三国志」でなじみの深い三国時代、「魏」「蜀」と対抗した「呉」の孫権が、都を南京(当時の健業)に置いて以来、6つの王朝が続いて南京を都とした。

IMG_5230

「南朝480寺」と言われるほど仏教が隆盛を極め、江南の開発が進み、風流な六朝文化が花開いた。

IMG_5247

581年から907年にかけての「隋唐時代」。ようやく聖徳太子の時代となる。遣隋使、遣唐使を送り中国の進んだ文化を学ぼうとした時代だ。

IMG_5249

副葬品として作られた唐三彩。

IMG_5252

人物にも動きが出てきた。

IMG_5264

中にはこんなユニークな作品も。頭は人間、体は魚だ。一体何に使ったのだろう。

IMG_5270

960年から1368年の「宋元時代」。特に宋の時代には精緻な作品が増える。

IMG_5272

中でも私の目を引いたのが、陶器製の枕。痛そうだが美しい。

IMG_5274

こちらも全て陶器製の枕だ。様々な形がある。

IMG_5288

そしてこちらが元の時代。

チンギス・ハーンが征服し、フビライ・ハーンが築いた世界最大の帝国だ。日本の鎌倉時代、2度の「元寇」は日本史上有数の大事件だった。

IMG_5284

勇猛果敢だった草原の勇者たちも、中国文化に毒され牙を抜かれていった。こうした懐の深さが、中国文化の本当の強さだと思う。強い相手は自分の懐に引き込み、時間をかけて体内で消化していく。5年10年という時間軸ではなく、100年200年という時間の中で物事を考える。気がつけば、征服者はいつの間にか溶解してしまい、後にはより多彩さを身につけた中国が残る。世界のどこにもないそんな技を、中国だけが持っているのだ。

IMG_5298

1368年から1911年にかけての「明清時代」。この時代になると見慣れた工芸品が増えてくる。比較的安定した政治体制の中で中国文化はさらに技術を磨き、世界の最先端を行く「宝」を数多く生み出した。

IMG_5310

こうした品々に引き寄せられて、ヨーロッパ諸国が中国との交易を求めて海を渡ってやってくるようになったのだ。

IMG_5330

日本の工芸品の技術力もすごいと思うが、あれは南蛮貿易で入ってきた中国の技術を、国を閉ざした江戸時代に独自に進化させたものだった。

IMG_5313

最近の中国人を見ると、ちょっと雑な印象を受けるが、こうした工芸品を実際に目にすると、中国人が持つ「ものづくり」の伝統が半端でないことがわかる。改革開放に舵を切った中国が、またたく間に「世界の工場」の地位を揺るぎないものとしたのは、単に人件費が安かっただけではなく、古代から続く「ものづくり」の伝統があったことを思い知らされた。

IMG_5323

さて、清朝末期、列強の侵略によって中国にとって忘れがたい「屈辱の時代」を迎える。その「屈辱の時代」の最大の敵となったのが、不幸にも日本だった。日清戦争での敗北は、中国人のプライドを大きく傷つけた。さらに満州事変、日中戦争と、屈辱的な敗北を重ねた。しかも、ヨーロッパ人の限定的な要求に比べ、日本は領土を奪い、庶民にも直接的な犠牲を敷いたのだ。「アジアの盟主」であり続けた中国が、東の島国に国土を蹂躙される屈辱。それは欧米諸国による横暴とは比べ物にならない「屈辱の記憶」となった。

日本人は少なくとも、そうした歴史は知っておく必要があるだろう。

IMG_5366

この次は「中華民国」ということになるのだが、通常の博物館的な展示は「明清時代」で終わっている。そして驚いたことに、中華民国時代に関する展示コーナーは、当時の町並みを再現する「池袋ナンジャタウン」や「横浜ラーメン博物館」のようなスタイルになっていたのだ。「民国館」という名称で呼ばれ、「歴史館」と区別されている。

IMG_5368

若い人たちや子供達にはこちらの方が好評のようだ。「楽しみながら学ぶ」という工夫では、中国の博物館は日本より進んでいる。日本の学芸員の人たちは「博物館とはこうあるべき」という固定観念が強すぎるのかもしれない。

IMG_5371

こんな「中華民国」時代風の食堂で昼食を食べることもできる。これもなかなか楽しそうだ。

IMG_5364

「数学馆」という施設もある。日本語で「デジタル館」という意味らしい。ここはCGなど最新の映像技術を使って歴史を楽しんで学ぶ施設のようだ。

説明文を読むか音声ガイドを聞くしかない、日本の博物館は間違いなく時代遅れになるだろう。様々な映像技術を使えば、子供や若者でも楽しみながら学ぶことができる。そして日本には世界に誇る最先端技術がいっぱいある。

しかし日本全国にある博物館は、巨額の予算は建物や内装、模型製作に費やされ、映像は明らかに軽視されている。狭い業界の文化人や既得権者たちが、進化を阻んでいると私は思っている。

IMG_5379

見所満載の「南京博物院」。入場無料でこれだけのコレクションを見られるのは世界的に見ても貴重だと思う。

日本語の説明がないのが残念だが、ぜひ訪れるべき施設だ。

「地球の歩き方」によるオススメ度は星2つ。私のオススメ度は星3つ。

 

<参考情報>

私がよく利用する予約サイトのリンクを貼っておきます。

 

コメントを残す