冷戦終結30年

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30年前の1989年12月3日。地中海に浮かぶマルタ島で、アメリカのブッシュ大統領とソビエトのゴルバチョフ書記長が歴史的な会談を行った。

会談の場所は、マルタ島沖に停泊したソ連のクルーズ客船マクシム・ゴーリキーの船上だった。

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この会談で特別な何かが合意されたわけではない。

しかし、ベルリンの壁が崩壊し、東ヨーロッパの各国で革命が進行する中で、東西両陣営のトップが会談し、冷戦の終結を宣言したことは画期的であった。

共同声明でゴルバチョフ書記長は、次のように宣言した。

『世界は一つの時代を克服し、新たな時代へ向かっている。我々は長く、平和に満ちた時代を歩き始めた。武力の脅威、不信、心理的・イデオロギー的な闘争は、もはや過去のものになった。 私はアメリカ合衆国大統領に対して、アメリカ合衆国と戦端を開くことはもはやないと保証する。』

「ヤルタからマルタへ」は、当時の流行語となった。

去年、私もそのマルタ島を訪れた。

「ヤルタからマルタへ」。

私の記憶には鮮明に残っている歴史の舞台。

しかし、実際に訪れたマルタには、その記憶はほとんど残されてはいなかった。

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冷戦を終結させ、西側では英雄のように扱われたゴルバチョフ。しかし、ロシアでは彼は祖国を破滅させた男として最低の評価を受けている。

マルタ会談の2年後、ソビエト連邦が崩壊した日に私はモスクワ市内を取材していた。

ペレストロイカ時代のロシア人は実によく喋った。マイクを向けると誰もが政府の批判をし、話が止まらない。それまでの抑圧され言いたいことも言えなかった時代が嘘のようだった。

そしてインタビューをするたびに、インテリで開明的なゴルバチョフが、母国でこれほどまでに不人気なのかと衝撃を受けたことを今でも鮮明に記憶している。

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あれから30年。

ソビエトを盟主としたワルシャワ条約機構は崩壊したが、一方のNATOは今も残り、東欧や旧ソ連の国々も受け入れて東に拡大した。ゴルバチョフが抱いた夢は儚く消え、ロシア国民には裏切られた思いが残った。

ロシアは中国との関係を強化、巨額の投資をして中国向けの天然ガスパイプラインを建設した。

しかし、アメリカに対抗できるスーパーパワーとしての地位は、その中国に完全に奪われた。ソ連崩壊の教訓は、共産党の一党独裁体制を緩めるべきではないという意味で中国に引き継がれた。

そして習近平体制のもと、ITをフル活用した全く新しい形の統制国家作りが着々と進められている。

今日のロイター伝によれば、今月1日、 中国政府は国内通信業者に対し、新たに携帯電話サービスに登録する利用者の顔のスキャンを義務づける新規則を施行したという。ショージ・オーウェルの小説「1984」がいよいよ現実のものとなりつつある。

結局、夢見る人間は常に破れ、力を信じる者だけが勝ち残るのだろうか?

でも、冷戦の勝者であるはずのNATOも、予測不能なトランプさんの言動の前に大きく揺れている。

敵も仲間も関係ない時代。

理想や信頼や対話といった言葉が意味を持たない時代に私たちは踏み込もうとしているのかもしれない。

権力を失い、自らを戦犯のように扱うロシアで、ゴルバチョフさんは今何を考えているのだろうか?

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