俺の世界史

ノーベル文学賞に決まったカズオ・イシグロの小説「日の名残り」をさっそくkindle版で読んでいる。執事を通してイギリス文化を描く物語のようで、純文学の苦手な私はちょっと退屈していたのだが、途中からイギリスの歴史が登場し俄然興味を覚えた。

第一次大戦後、ヴェルサイユ条約でドイツに過大な賠償を押し付けた時代のイギリスが描かれる。主人公の執事や雇い主は架空の人物のようだが、イギリスやドイツの政治家や当時のイギリスの著名人は実名で登場する。小説の形を借りて、その底に強いメッセージが込められている印象だ。

同時に、塩野七生の「コンスタンティノープルの陥落」を読み終えた。こちらは1230年以上続いた東ローマ帝国がオスマン・トルコによって滅ぼされた史実を描いたもので、キリスト教とイスラム教の対決の歴史を知ることができる。

そしてもう一冊。児島襄の「平和の失速」を読み始めた。こちらは「<大正時代>とシベリア出兵」という副題が付いているように、大正時代の日本を描いた大作だ。大正時代は明治や昭和に比べて注目されることが少ないが、日中戦争から太平洋戦争へ至る昭和の悲劇はすでに大正時代から始まっている。そのあたりをちゃんと理解したいと思って図書館で借りてきたのだが、あまりの大作すぎて先に進まないのだ。

こんな感じで、興味の赴くままに乱読しているのだが、振り返ってみるとちょっと前に読んだ本のことをほとんど忘れていることに気づく。そんなことはとっくに気づいていたのだが、昨日突如あるアイデアが閃いたのだ。

自分なりの世界史の年表を作ってみよう、というささやかなアイデアである。

「俺の世界史 since 2017」と名付けることにした。Macの表計算ソフト「Numbers」を使って、とりあえずベースとなる表を作ってみた。

1世紀ごとに1枚の大きなシートにまとめる。

横軸には、日本から始まり、中国、朝鮮、台湾・・・・と世界中の現在の国名を並べる。

縦軸には、年月日順に出来事を記述していく。

これによって、日本史、中国史、西欧史などバラバラで書かれている世界の歴史を時代ごとに俯瞰して理解できるようにするのが狙いだ。

そんなことをして何になるのか?

その答えは私にもわからない。

とりあえず、高校時代、世界史が得意だったオヤジが数十年の社会人生活を終えた後、再び世界史に向き合いたいと思っただけだ。高校時代との違いは、単なる教科書の上の文字ではなく、自分の足で世界を歩き見聞きした経験がある。必要があれば、歴史の現場に旅立つこともできる。断片的な歴史を知れば知るほど、どうしてそうしたことが起きたのかその原因が知りたくなったのだ。

特に、戦争の歴史。

我々が教えられる世界史とは、ほとんどが戦争の歴史である。歴史上の英雄は基本的には戦争の勝利者である。平和な時代を築いた人たちのことは、ほどんど学校で教えられることはない。

つまり、私が生きた戦後70年の平和な日本は、後世の世界史から完全に消えてしまうのだろう。私には、それがどうしても納得がいかないのだ。

確かに、小説にするなら戦争の方がワクワク感が強い。極限状態に追い込まれた人間にこそ強烈なドラマ性があるのだろう。

しかし、どうやれば平和な世界を作れるのか、どうすれば戦争を防げるのか、本来はそれこそ学校で教えるべきではないのか?

だから、私は私なりの問題意識を持って、世界史を勉強し直そうと決意した。死ぬまでかかっても、きっとそのほんの一部しか知ることはできないだろう。それはわかっている。でも、残りの人生を費やす価値のあるテーマだと思うのだ。

本で読んだこと、ネットで調べたことをできるだけ、その年表に書き込んでいきたい。

その作業の中で、気づくことがあれば、このブログでも紹介したいと思う。

 

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