京都御所

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京都出張2日目。新企画の準備のため、初めて京都御所に行った。

宿泊したホテルは烏丸御池駅の近く。地下鉄烏丸線で今出川駅まで行く。開門は朝9時。少し早く着いたので、蛤御門を見に行った。

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最近、司馬遼太郎の小説を読んでいるので、急に身近に感じるようになった。

1864年に起きた「禁門の変」、別名「蛤御門の変」は、京都を追放された長州藩が挙兵し、この蛤御門で会津・桑名藩兵と交戦した。

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弾の跡が門の梁に残っていると書いてあったので探してみたが逆光で確認できず、代わりに門扉にこんな凹みを見つけた。これは違うのだろうか。

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戦いは一日で終わったが、京都の街では大火災が発生した。そしてこの戦で多くの指導者を失った長州藩は朝敵となり、日本中を敵に回し滅亡の危機に瀕することになる。

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この蛤御門は現在、烏丸通に面して西を向いて立っている。以前は少し東側の位置に南を向いて立っていたらしい。

この門は正確にいうと御所の門ではない。京都御所の周りを取り囲む京都御苑の門の一つだ。

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京都御所は京都御苑の中にあり、もう一つの塀に囲まれている。京都御苑はもともと公家たちの館が立ち並んでいたところだという。明治になり公家たちは天皇とともに東京に移り住んだ。公家屋敷もすっかり荒廃してしまったため、公園として一帯を整備したのだそうだ。

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御苑には「車返桜」という桜の木がある。後水尾天皇が外出した際、あまりの桜の美しさに御車を引き返させて鑑賞したことからこの名がついたと案内板に書いてあった。

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京都御所の一般公開は、以前春と秋の2回だったが、去年から通年の公開となった。事前の申し込みも不要だ。

参観希望者は御所の西側にある清所門から入る。勝手口として使われていた門だ。

入場は無料。入り口で持ち物検査がある。

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門を入ってすぐ、参観者休所がある。ここではお土産を売っていて、解説のビデオを見ることができる。

職員によるガイドツアーもここから出発する。日本語のツアーが一日4回。英語と中国語のツアーも2回ずつある。所要時間は50分ほどだ。

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私も9時半のツアーに参加した。基本的には一人で気ままに見て回る主義なので、こうしたガイドツアーに参加することはないのだが、一応取材目的でもあるので説明を聞くことにした。

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きれいに剪定された松の木。白壁の蔵が続く。

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公家や大名が出入りする宣秋門の屋根。我々が入った清所門とは格式が違う。

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正式な御用で参内した公家や将軍家の使者が控える「諸大夫の間」。身分に応じて部屋が決まっていた。

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上から「虎の間」「鶴の間」「桜の間」で、襖絵や畳縁が違い、部屋への入り方も身分によって変えられていた。虎と鶴は公家で、大名クラスでさえ桜だった。

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平安京は794年桓武天皇によって開かれたが、現在の京都御所に天皇が住んだのは1331年から1869年(明治2年)までの500年余りにすぎない。内裏が火災で消失するたびに貴族の邸宅などを仮の内裏(里内裏)に移り、現在の京都御所は里内裏の一つだった。

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新御車寄は大正天皇の即位礼に合わせて作られた京都御所の中でも最も新しい部分だ。馬車や自動車が乗り入れられるようにスペースを広くとり、床にはコンクリートが使われている。

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金色の装飾が鮮やかだ。

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京都御所の一番南、天皇が出入りに使う建礼門と向かい合って立っているのが朱色が鮮やかな「承明門」。その奥に見えるのが、京都御所で最も格式の高い正殿であり、即位礼などの重要な儀式が行われる「紫宸殿」だ。

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紫宸殿の前に植えられた「左近の桜」。

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そしてこちらが「右近の橘」と呼ばれる。

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紫宸殿は、五箇条の御誓文の舞台となり、明治、大正、昭和の三代の天皇の即位礼がここで行われた。ここに高御座が置かれている。

紫宸殿の前に広がる白砂の庭は「南庭(だんてい)」と呼ばれ、即位礼の時にはこの庭に旗などが並び、セレモニー会場となる。

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紫宸殿が公的な場所であるのに対し、天皇のプライベート空間がこちらの「清涼殿」だ。

暑い京都の夏を少しでも涼しく過ごせるよう山がある東向きに開放部が大きく採られている。

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中央に厚い畳が敷かれていて「昼御座(ひのおまし)」と呼ばれる。天皇は昼間ずっとここにいる。疲れると背後の布の裏側で休む。

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その周辺には寝る場所や食事をする場所、拝礼する場所があるが、想像したよりずっとコンパクトだ。一段下がった板の間には常時お付きの者たちが整列し、ここでも様々な儀式が行われていたというから、とてもリラックスできるプライベート空間ではなかっただろう。

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さらに順路を進むと「御池庭」に出る。回遊式の庭園で、この庭を望むように2つの建物が建っている。

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1867年明治天皇が「王政復古の大号令」を発した「御学問所」と、その後将軍慶喜の処遇を巡り激しい駆け引きが戦わされた「小御所」だ。

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ここは文字通り、明治維新の現場なのだ。

ガイドツアーの最後は天皇の住まいとなる「御常御殿(おつねごてん)」。ここで面白い話を聞いた。「地震殿」の話だ。

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御常御殿の前に広がる「御内庭」の中にひっそりと建つ木造の小屋。ガイドの職員は、天皇が地震の際に避難生活を送るための「地震殿」だと説明した。

天皇専用のシェルターがあったらしい。孝明天皇も一時この地震殿で暮らしたことがあるとガイドは説明していた。

ネットで関連情報を調べてみたが、孝明天皇の話は裏付けが取れない。また、写真の小屋、すなわち天皇用のシェルターは「泉殿」と呼ばれ、皇后用の小屋が別にありそれを「地震殿」と呼ぶのだという論文に行き当たった。詳しいところは少し曖昧だが、天皇の地震対策が取られていることは間違いなさそうだ。

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京都御所は何度も火災で焼け、地震にも見舞われた。天皇制を維持するためには、防災対策も欠かせなかったというのは日本ならではのお話である。

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ガイドツアーの解散場所には、きれいな桜の木があった。ここは元は厨房があった場所だという。

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背の低いこの木も桜だろうか。

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とても可憐な白い花が咲いていた。

 

 

 

 

 

 

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