三十三間堂

京都に日帰り出張した。仕事そのものは期待したほどの成果がなく、予定より早く用事が終わった。

せっかく京都まで来たので、仕事の関係で一度行ってみたかった京都国立博物館に初めて入った。

最近、日本の美術品が気になるようになった。政府が日本文化の発信に力を入れていることも関係しているかも知れない。今の職場に移ってから、地方創生やインバウンド関連の仕事が増えているのは確かだ。そんな不純な動機で日本の美に接するようになると、西洋美術にない魅力を強く感じるようになった。今更かとお叱りを受けそうだが、人間何事もきっかけがないと始まらないのだ。

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1897年に開館した京博は、モダンな建物に生まれ変わっていた。平成知新館は2013年竣工したばかりだという。展示されている文化財は文句なくすばらしい。年をとり自分の国のすばらしさに気づくのもうれしいものだ。

ついでに京博の向かいにある三十三間堂にも行ってみた。こちらも初めての訪問だ。

このお寺は、後白河上皇が平清盛に資材協力を命じ1165年に建立された。33という数字は、『法華経』等に観音菩薩が33種の姿に変じて衆生を救うと説かれることによるらしい。本堂には千手観音立像1000体が安置されている。一つ一つの仏像はそれほど感動的ではないが、それが1000体びっしりと堂内を埋め尽くす光景は、ありがたいというよりもむしろ異様だ。

境内に出ると紅白の梅の花が咲いていた。

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もうひとつ勉強したのは、ここ三十三間堂は江戸時代に大流行した「通し矢」の舞台だったこと。

本堂西軒下を南から北へ射抜いた矢の本数を競った通し矢。最高記録は、貞享3年(1686年)4月27日に紀州藩の和佐範遠(大八郎)で、総矢数13,053本中8,133本を通した。これにより天下一の弓の名手となった。通し矢の舞台となった軒下は今もそのまま残っている。

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