プーチン圧勝

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ロシアのプーチン大統領が7割を超える得票を得て圧勝した。事前の予想通り。通算4回目となる大統領任期は2024年までとなる。

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どんな選挙だったのか?

日経新聞の記事を引用する。

『 政権はロシア全土で大規模な反汚職デモを展開して反体制派指導者として存在感を高めたナワリニー氏を選挙から排除した。プーチン氏以外に7人の候補を出馬させて競合を演出したものの、勝者が決まっている「出来レース」への有権者の関心は薄れた。都市部では「投票しても何も変わらない」といったしらけた空気も漂った。ナワリニー氏は選挙をボイコットするよう訴えていた。

投票率を高めるために政権はさくらを動員した集会を開催、国営テレビは連日、プーチン氏の功績を称賛する番組を放送した。選挙当日も地方の投票所では音楽の生演奏などでお祭りムードを高めた。複数の有権者は日本経済新聞の取材に対し、職場で上司に投票に行くことを強制されたと証言した。

独立系メディアや交流サイト(SNS)では不正が報告されている。投票所に有権者がいない時に選挙管理委員会のメンバーが投票用紙を大量に投票箱に入れている様子をとらえた映像などが投稿された。』

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もともとロシアの政治に清廉潔白な印象はまったくないので、この記事を読んでも特段驚くことはない。ロシアに限らず、選挙の不正が行われている国は発展途上国を中心にまだまだ多い。

しかし、プーチン氏を支持するロシア国民が少なくないことは間違いないだろう。かつてはアメリカと世界を二分した超大国。「強いロシア」は国民の支持を得るための最重要な要素となる。日本で人気があったゴルバチョフ氏は、ソ連を崩壊させた戦犯でしかない。

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そんなロシアに関連する一冊の本を読み始めた。

麻田雅文著「シベリア出兵 近代日本の忘れられた七年戦争」。

日本では「シベリア抑留」はよく知られるが、「シベリア出兵」はどうだろう? 高校で日本史を選択しなかった私は、ほどんど知らなかった。

シベリア出兵とは、今からちょうど100年前に起きた日本軍によるシベリアでの軍事行動だ。1918年から22年まで、サハリンを含めると足掛け7年続いた。派兵の目的はその前年に起きたロシア革命に干渉することであった。

第一次世界大戦で連合国側として参戦した日本は、英仏の要請を受けてロシアに兵を送る。英仏の狙いは、共産主義政権の打倒であり、革命後ドイツと休戦したロシアを再び戦争に復帰させることだった。しかし、日本は英仏などの思惑を超えた大軍をシベリアに送り、連合国の撤兵後は単独で鉄道に沿って一時バイカル湖まで占領した。

大義なき戦争として後世の歴史家から断罪されているシベリア出兵。麻田氏の本の「はじめに」に、「シベリア出兵」と「シベリア抑留」についての日露の認識の違いか書かれている。ちょっと興味深いので、引用させていただく。

『 そもそも、シベリア出兵は知名度が低い。ほとんどの人びとにとっては、中学や高校の日本史の教科書で見かけるのが最後だろう。例外的に、2003年に始まったイラク戦争で、自衛隊が派遣されたのをシベリア出兵になぞらえる声があったものの、マスメディアで取り上げられることはめったにない。

研究の蓄積も、日清戦争や日露戦争に遠く及ばないのが実情だ。

対照的に、日本の干渉をはねのけて成立したソ連は、その「勝利の記憶」を歴史書に刻み続けた。ソ連が崩壊した今も、日本の「軍国主義」は、数々のロシアの歴史書や教科書に取り上げられている。シベリア出兵への関心は、日露間で温度差がある。

日本では、シベリア出兵より、シベリア抑留の方がよく知られている。第二次世界大戦後の1945年に、ソ連軍に投降した約60万人の日本人が捕虜として連行され、強制労働に従事させられた結果、約6万人が祖国の土を踏めなかったシベリア抑留。最後の抑留者が日本に戻ったのは1956年だった。これらについては、体験者により、多くの証言が語られている。

ロシアでは、歴史的な重要性は逆となる。シベリア抑留とは、日本やドイツの「軍国主義」を打ち破った代償に、戦争で荒廃させられた祖国の復興に捕虜たちを活用したのだ、というのが一般論で、研究者以外の関心は低い。一方、日本のシベリア出兵は、祖国を軍歌で踏み荒らされた、忘れがたい屈辱であり続けている。』

確かにテレビでも、シベリア出兵を取り上げた番組を見ない。私同様、その歴史をほとんど知らないテレビマンも多いのだろう。

日露戦争や第二次大戦でのロシアとの戦いが広く知られているのに比べて、どうしてシベリア出兵について日本人は知らないのだろう?

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シベリア出兵からちょうど100年に当たる今年、私は7月の連休を利用して、日本軍が最初に上陸したウラジオストックに行く予定を立てた。

航空券を予約した後で知ったのは、ロシア入国には観光目的でもビザが必要だという事実だ。短期旅行だとノービザが普通になっていると思っていたので、ちょっと驚いた。今、ビザを申請する手続きを進めているので、このことはまたいずれこのブログに書くことになるだろう。

そして8月には、イタリアに行く途中、モスクワで2泊ほどすることも決めている。100年前に起きたロシア革命についても、少し調べてみようと思う。

浅田氏の本を読んでいて、ロシア革命が起きる前、日本とロシアの蜜月時代があったことも知った。日露戦争を戦った両国が、そのわずか10年後には同じ連合国として中国の分割統治を画策していたという。まさに帝国主義時代のパワーバランス、今の私たちには違和感があるが、国と国との関係は利害が一致すれば思わぬ展開を見せることが今でもある。

今年、ロシアは私にとって注目の国だ。

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元スパイの暗殺未遂事件がきっかけで、ロシアとイギリスは外交官の追放合戦を繰り広げている。アメリカではロシアゲート事件の捜査が進められ、ロシアとの関係を否定したいトランプ政権は選挙への介入を理由としてロシアへの新たな制裁に踏み切った。

そんな情勢の中でも、プーチン氏は圧勝した。

北方領土問題解決へ意欲を燃やす安倍首相だが、プーチンさんを籠絡するのは並大抵のことではないだろう。

 

 

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