テンペスト

池上永一著「テンペスト」全4巻を読み終えた。

中国と日本の二重支配を受けながら500年の間独立を保った琉球王国の姿が、その時代空間を生きた人間の息づかいとともに少し理解できたと思えた。

ペリー来航から日本による琉球処分へという琉球王国最後の数十年を舞台に、男と女の2つの顔を持つ主人公の活躍と葛藤を描いた小説である。歴史小説と呼ぶにはあまりに大衆的要素が強く、エログロも含めてまるで講談でも聞いているような荒唐無稽な部分も多いが、薩摩によって武力解除され、知力と交易のみを武器に国を守るという琉球の生き方は、いろいろ考えさせられる点があった。

今年2月に訪ねた首里城で、どんな歴史が繰り広げられたのか。その時には、ほとんど理解していなかった。

首里城は3つの世界で構成されている。

「表」と呼ばれる男の世界、「奥」と呼ばれた女の世界、そして「京の内」と呼ばれた宗教の世界だ。

「表」の世界のトップは国王。「首里天加那志(しゅりてんがなし)」と尊称された。

その国王の下に、摂政、三司官、表十五人衆、評定所筆者が置かれた。国の政策の舵取りは高級官僚である評定所筆者が担い、中国の科挙に相当する国家試験「科試(こうし)」によって国中からエリートを選抜し評定所筆者に抜擢した。

一方、「奥」の世界は「御内原(ウーチバラ)」とも呼ばれ、国王とその家族が暮らすプライベートスペースだ。国王以外の男子禁制で、王妃や側室、さらには女官たちのヒエラルキーが存在した。女官大勢頭部(ウフシドゥビ)を筆頭に、勢頭部、阿母志良礼(アンシタリ)、あねべ、あがまという序列になる。

そして琉球独特なのが「京の内」。第2巻の巻末資料には、次のように説明書きが添えられている。

『城の南西部にある城壁で囲まれた一帯が<京の内>です。ここは首里城発祥の地ともいわれ、古くから王朝祭祀が執り行われてきました。かつて、首里城一帯は10もの御嶽(うたき)があったといわれ、中でも場内の下之御庭の一角にある「首里森御嶽」は国王が城外の寺社に出かける時に祈りを捧げ、また神女が多くの祭祀儀式を執り行うなど、最も神聖な御嶽とされていました。』

『沖縄では祭祀は女性が司るものとされ、かつては男性が御嶽に足を踏み入れることも許さず、御嶽はもっぱらノロと呼ばれる女性神官によって祀られ、祈願や祭りが行われました。第二尚氏王統時代、彼女たちは、土地などが付与され、司祭する神と拝所が決められます。この官職は国王により承認される地位であるため、己の霊力の覚醒によって死者の意向をこの世の人たちに口寄せする霊媒者のユタとは区別されていました。作中でもしばしばユタ狩りが行われるように、当時ユタは琉球の魔女として異端視され、実際に弾圧が行われていたのです。

首里城を中心とする祭祀体系の頂点に立ち、“太陽と月”を司祭する神女が聞得大君(きこえおおぎみ)です。“聞得”とは琉球の古語で、「最も優れた」、あるいは「名高い」という意味だという説があります。君とは神のこと、大君とは君に君臨する最高者を指します。聞得大君は城外に屋敷(聞得大君御殿)を構え、国王の姉妹が任命されるのがならわしでした。沖縄では、姉妹のことを「オナリ」と呼び、オナリは「兄弟」を守護する役割を担い、この神を「オナリ神」というのです。男とちは旅に出る時に姉妹の髪の毛やハンカチをもらう風習がありました。航海の途中、危険が身に迫った時に姉妹の霊の宿ったものを身につけているとオナリの霊力で助けてもらえると考えられていたためです。』

『聞得大君の任務は、国王のオナリ神として、王国の祭祀儀式に通じ、国王の長寿、王室の安寧、国家繁栄、五穀豊穣と航海の安全を祈ることでした。聞得大君が託宣で次の王を任命することもあり、キングメーカー的な役割も担い、その発言力は絶大でした。

彼女の下には「三平等の大あむしられ」と呼ばれる三人の神女を据え、三つに分けた区分を、そのまま地方にまで押し広げ、国を三分割した形で末端の地方ノロまで取り込んだピラミッド型の階層組織になっていました。

このように第二尚氏王統時代には、地方の神女たちも王府の組織に組み入れられることによって、政教両権を王が握ることになり、さらなる中央集権が可能となったのです。』

薩摩による琉球侵攻以来、琉球王国では武器を持つことが禁じられた。そのため、ますます王を中心に据え、男と女と宗教が入り乱れた権力闘争は独特の形態になっていったのだろう。

そして何よりも、琉球の特徴となったのが、清国と日本による二重支配の中で独立を保つ独特の立ち位置である。そして琉球王国の末期、そこに欧米列強の存在感が増す。清国と日本の微妙なバランスの中で、巧みに舵取りしてきた従来の政治手法が列強の圧倒的な武力の前にあっけなく崩れる。

そして、琉球に最後のトドメを刺したのは、明治維新によって誕生した大日本帝国だった。

日本に取り込まれた沖縄は、幸せだったのか?

明治以降の日本は、相次ぐ戦争に明け暮れ、太平洋戦争では沖縄は捨て石にされた。そして戦後のアメリカによる占領統治、日本への返還後も基地問題が重くのしかかり沖縄の民意は常に圧殺されてきた。

沖縄は本来、日本の領土ではない。個人的には、沖縄が独立国として存在するのも素敵だなと思っている。

しかし、今の国際情勢の中で、沖縄が独立する選択肢はあるのだろうか?

ヨーロッパの小国を見て回っていると、沖縄が独立国としてやっていくことは十分可能だろうと思う。ただ、その際は中国の影響が強くなることは避けられない。

琉球王国の時代のように、日本と中国のパワーバランスの中で繊細な舵取りをして独立を守るのか、それとも日本に止まり少しずつ自らの主張を通していくのか?

沖縄の人たちが自立の覚悟を決めた時、重い選択が待ち受けている。

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