この国のかたち①

きょうから仕事始め。会社近くの神社でお祓いを受けた。日本人は昔からこうして新年を迎えてきたのだろう。

新年のお勉強は日本史からということで、「スイスイ身につく日本史」と並行して司馬遼太郎著「この国のかたち」の第一巻を読み始めた。

さすがである。書き出しからして、ぐっと引き込まれる。

「日本人は、いつも思想はそとからくるものだとおもっている」

友人の言った言葉として導入に使うが、ここで言う思想とは、仏教、儒教、カトリシズム、回教、マルキシズム、実存主義などをさすという。ただ、日本がそういうものを生み出さなかったことは別に恥ずかしいことではなく、置かれた地理的、歴史的条件が影響していると続ける。

そのうえで、日本における統一国家のでき方と「外圧」の関係を分析する。

ひとつは7世紀、大和政権による統一性の高い国家の成立だ。戦国乱世のようなものを経ず突然誕生した統一国家。その背景には、中国大陸での随という統一帝国の勃興があった。この衝撃波は日本の族長たちに対外恐怖心を共有させ力学的な現象を引き起こした。

これに似ているのが明治維新。一夜にして統一国家ができてしまった。帝国主義的な列強についての情報と、それによって侵略されるという想像と恐怖の共有が明治維新を起こさせた。

そのうえで、日本の独自性を次のようにまとめる。

「ともかくも日本の場合、たとえばヨーロッパや中近東、インド、あるいは中国のように、ひとびとのすべてが思想化されてしまったというような歴史をついにもたなかった。これは幸運と言えるのではあるまいか。 そのくせ、思想へのあこがれがある。 日本の場合、思想は多分に書物の形をとってきた」「要するに、歴世、輸入の第一品目は書物であり続けた。思想とは本来、血肉になって社会かさるべきものである。日本にあってはそれは好まれない。そのくせに思想書を読むのが大好きなのである。こういう奇妙な民族が、もしこの島々以外にも地球上に存在するようなら、ぜひ訪ねていって、その在りようを知りたい」

また、朱子学の影響についても述べている。明治維新の革命思想は「貧弱というほかない」と論評する。

「スローガンは、尊王攘夷でしかないのである。外圧に対するいわば悲鳴のようなもので、フランス革命のように、人類のすべてに通じる理想のようなものはない」「幕末の攘夷思想は、革命の実践という面では、ナショナリズムという、可燃性の高い土俗感情に火をつけて回ることだった」「ナショナリズムは、本来、しずかに眠らせておくべきものなのである。わざわざこれに火をつけて回るというのは、よほど高度の政治意図から出る操作というべきで、歴史は、何度もこの手でゆさぶられると、一国一民族は壊滅してしまうという多くの例を遺している」

さらに、尊王攘夷というのも輸入思想で、13、4世紀の宗学による。宗は対異民族問題のために終始悪戦苦闘した漢民族王朝で、ナショナリズムの鼓舞が切迫して必要だった。尊王攘夷は、「宗という特殊な状況下で醸し出された一種の危機思想で、本来、普遍性はもたないもの」だという。それが、新思想として13世紀の日本にきたのだ。

「宗学が伝わる13世紀までは、殊更だてた思想としての尊王はなかった。また思想としての攘夷もなく、大義といういかにも宗学くさい観念もなかった」

一方、司馬さんは鎌倉幕府を高く評価している。

「日本の13世紀は、すばらしい時代だった。 仏教に、日本的な新仏教がうまれた。それ以上に強烈だったのは、開拓農民の政権(鎌倉幕府)が、関東に成立したことである。 農地はそれを管理する者の所有になった。“武士”という通称で呼ばれる多くの自作農は“家の子”と呼ばれる小農民を従えて大きく結集し、律令制という古代的な正統制をたてとする京都の公家・社寺勢力と対抗し“田を作る者がその土地を所有する”という権利をかちとった。日本史が、中国や朝鮮の歴史とまったく似ない歴史をたどりはじめるのは、鎌倉幕府という、素朴なリアリズムをよりどころにする“百姓”の政権が誕生してからである。私どもは、これを誇りにしたい」「はずかしいことをするな、という坂東武者の精神は、その後の日本の非貴族階級につよい影響を与え、いまも一部のすがすがしい日本人の中で生きている」

司馬史観については批判もあるようだが、私にはとてもしっくりくる。「この国のかたち」のシリーズは、「文芸春秋」の巻頭随筆そして連載された。この第一巻はそれをまとめ1990年に出版されたものだ。

筑紫哲也さんが生前「NEWS23」で同じタイトルのシリーズ企画を放送した。日本人は自分たちのことをほとんど知らない。知ることは大切だ。

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