<吉祥寺残日録>過去を振り返ることの大切さ #200502

今日から、ゴールデンウィークの5連休。

感染拡大を乗り越えた中国ではおよそ1億人が国内で旅行するというが、日本では緊急事態宣言が続き、どこの観光地もかつて見たこともない人のいないゴールデンウィークとなった。

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ずっと自宅にこもっているので、何か普段できないことをやろうと思い、押し入れに眠っていた昔の資料を引っ張り出してみた。

特派員時代に書いた原稿など。

読み返してみると、もうすっかり記憶から消え去っている出来事の多さに驚いてしまう。

当時、ITに疎かった私はパソコンが使えず、ワープロで原稿を書いていた。ワープロで書いた原稿はフロッピーディスクに読み込むと同時に、感熱紙にプリントアウトしてファイルに綴じていたのだが、この感熱紙の原稿が光で劣化して文字が消えかかっている。

フロッピーディスクを読み込むアダプターも当然のことながら持っていない。

このままでは私の過去の仕事が永遠に消えてなくなってしまうと思い、何らかの形で残す方法を考えることにした。

私が取材した過去の出来事を当時の写真を添えて、ブログに書き残してはどうだろう?

そんなことを考えたので、おいおいこのブログに過去のどうでもいい出来事の話を書くかもしれない。

このブログは一義的には、私の備忘録なのだ。

さて、過去の話ということで言えば、パンデミックに関する過去の番組や映画の話を書いておきたい。

まず最初は、テレビ番組から。

たまたまNHK-BSで再放送していた2008年制作の「NHKスペシャル」を見た。

タイトルは、「調査報告 新型インフルエンザの恐怖」。

今回の新型コロナウィルスではなくて、2008年当時世界的に流行した新型インフルエンザに関する番組である。

途中から見たので、番組全体について語ることはできないが、この中でいくつか興味深い点があった。

一つは、ウィルスが日本に入ってきた時にどのように対応するかという当時の準備風景を取材したブロック。

品川区だったと思うが、医療関係者が集まってシミュレーションしている様子を取材していたのだが、当時から大量の患者が病院に殺到することを想定して、直ちに「発熱外来」を設置して、地域の医師会が中心となって医師による輪番制で対応する想定がされていた。

要するに、今回のコロナ危機が始まる前から、この手順は医療現場の常識になっていたことがわかった。なぜ今回のコロナ対策では、今頃になってバタバタと「発熱外来」の準備が始まったのか?

番組を見ながら、改めて疑問が湧いてきた。

番組では、2008年当時、輪番制の準備のため開業医に行ったアンケートが紹介されてた。その結果、大半の医師たちから「協力できない」との回答を寄せた。その理由として最も多かったのが、「自分が感染するリスクがある」という答えだった。当然ではあるが、医師の職責ということを考えると、残念な答えでもある。おそらく今回も、開業医の多くはコロナとは向き合っていないのだろう。

番組ではこうした医師の不安を払拭するために、事前の研修や感染防護のための体制作りが重要だと提言していた。

さらに、日本が見習うべき先進国としてアメリカの例を取材していた。今や新型コロナの最大の感染国であることを考えると、なんとも皮肉な印象だが、確かにアメリカではこの時点でCDCを中心とした感染症に対応する様々な取り組みがなされていた。

中でも印象的だったのは、「命の選別」をする際の順番をどう決めるかという問題だった。

当初は高齢者を優先するとの案が検討されていた。しかし、ある医師から異論が出た。

「高齢者はもう十分に人生を楽しんだはずだ。むしろこれから長い人生を歩む子供や若い世代を優先的に救うべきだ」と主張したのだ。

これを受けて、アメリカでは実際に様々な年代の人に調査を行なった。

その結果、高齢者から「自分よりも孫の世代を救ってほしい」との声が多く上がったという。

そして、「子供を最優先に救命する」というルールが出来上がり、今回のコロナ危機でも世界的なスタンダードとなった。現場の医師たちにその場で命を選別する厳しい判断を委ねるのではなく、事前にルールを明確化していたことが、少しでも医師たちの心の負担を軽減したであろうことは想像できる。

悲しい現実だが、平時に準備していた人たちの責任感を強く感じた。

しかし残念ながら、トランプ政権になってから、こうして準備されていたアメリカの感染症対策の予算や人員は大幅に削減された。

中国でウィルスが猛威を振るっていた頃、日本のメディアでも「CDCを中心としたアメリカ」が世界で最も感染症対策が進んでいると指摘されていた。

ところが、蓋を開けてみれば、アメリカはウィルスの前に無力だった。

その時のリーダーによって、2008年当時の優位性は失われてしまったのだ。

日本に関しても、当初は「日本で医療崩壊が起きることなどあり得ない」と言われていた。しかし、今頃になって、「日本のPCR検査能力は実は途上国並みなのだ」という話が出てきたりする。

なんだか、原発の「安全神話」と重なって見える。

2008年当時の医療現場の危機感が、その後少しでも形になっていれば、今回のような「後手後手」の対応にはならなかったのではないか?

昔の番組を見ながら、そんなことを感じた。

過去を振り返るという意味で、もう一つ印象に残ったのは、映画「感染列島」である。

これは2009年に公開されたパンデミックをテーマとした日本映画だ。

公開当時、私もこの映画を見たが、「大袈裟な映画だなあ」という印象を受けたことを覚えている。

でも今回のコロナ危機が起き、メディアでも時々取り上げられていたので、アマゾンプライムで見直してみることにした。

映画に対する評価は、公開当時とガラッと変わった。

今、ニュースで連日見聞きしている事象が、映画の中ですべて描かれているのだ。公開当時、この映画を見て「大袈裟だ」と感じたのは、私に感染症に関する知識がなかっただけだったのだ。

映画が製作されたのは、まさに世界で新型インフルエンザが猛威を振るった頃。幸い日本ではそれほど大きな感染にはならなかったため、映画で描かれたような都市封鎖や医療崩壊といった事態は起こらず、私たち日本人はパンデミックに対する正しい知識を得ることもなくその危機を通り過ぎてしまったのだ。

韓国や台湾では、「新型インフルエンザの教訓が活きた」とよく指摘される。

日本人は、今回初めてパンデミックの何たるかを理解したのだ。

どれだけ科学的な知見に基づいて啓蒙的な映画を作っても、見る側にそれを真剣に受け止める素地がなければ、何も変わらない。

結局は、人間は自ら痛い目に合わなければ、何も学ばないということなのかもしれない。

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テレビ画面に映し出される無人の観光地の映像を心に刻み、私たちは未来につながる教訓を学ばなければならない。

自らの体験だけでなく、過去を振り返り、歴史から学ぶことの大切さ・・・。

今年のゴールデンウィークは、そんな時間にできればと思う。

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