<吉祥寺残日録>岡山帰省2日目、ヘルパーさんに初めて掃除をしてもらう #210705

認知が進んだ伯母の介護を目的とした今回の岡山帰省2日目。

昨夜は早く寝たのだが、夜中の3時ごろ物音がして目が覚めた。

どうやら伯母が起きたようで、台所に電気ががついた。

昨夜は何も食べずに寝てしまったので、おそらくお腹が空いたのだろう。

どうみてもまともな食事をしていない伯母を家族も近所の人も心配しているのだが、伯母は人の手を借りることを病的に嫌うため、みんな手助けしたいと思いながらどうすれば伯母が受け入れてくれるのか分からず途方に暮れている。

今回の帰省は伯母の家に泊まり込み、どんな生活をしているのかその謎の生態を探るのが大きな目的である。

伯母は10分ほど台所にいて寝床に戻ったらしく、台所の電気が消え家の中は再び静かになった。

こうして伯母の深夜の観察をしているとすっかり目が覚めて寝られなくなってしまった。

そうしている間に空が白み始めた。

どうせなら、伯母が作業できなくなり放置状態になっているブドウ畑に手を入れてみようと思い立った。

今回の帰省前に図書館でブドウの栽培方法を解説した本を何冊か借りてきてパラパラと眺めてきた。

7月にやる作業として書かれていたのは、品質の悪い果房を間引く「摘房」、残す房の中で果粒が密着しすぎていたら「摘粒」、さらに袋がけなどたくさんの作業がある。

要するに、育ちの良さそうな房を選んで他を間引いていけばいいと大雑把に理解し、マスカットの畑に向かった。

棚には大きなマスカットの房がいくつもぶら下がっているが、いざ自分が選別をする立場になると、どれをどのように間引けばいいのかさっぱりわからない。

これまで伯母が育てていたブドウに比べて明らかに房が長く、実が不揃いなのはわかる。

しかし、どの房も不必要に長くスカスカしている。

要するに5月、6月にやるべき選別の作業を怠ったため、どの房も商品としてはまったくダメダメなブドウになっているのだ。

それでも相対的に育ちが悪い房や蔓、さらには病気になった葉っぱなどを切除していくと、たちまちバケツ2つが満杯となった。

まだほんの一部で摘房を行ったに過ぎないのだが、これまで完全に放置プレーだったので、周辺の農家から見ると何を今更やっているのかということなのだろう。

それでも長く垂れ下がった房を半分程度にカットするだけで、少し見栄えが良くなったように見える。

本当は雨除けのために袋がけをしなければならないらしいので、もともと不体裁なブドウが病気にもやられてしまうかもしれない。

本で理屈は多少理解しても、実際のブドウを前にすると自分の無力さを感じるばかりだ。

切除したブドウの房をどう処分すればいいかもわからないので、先日草刈りをした別の畑に運び、そこに捨てた。

穴を掘って埋めようとも思ったのだが、今回は農業が中心の帰省ではないので、ここまでで今日の作業を終えた。

家に戻ると伯母が起きてきて、体調不良で寝込んでいる妻を心配そうに眺めていた。

昨日飛行機から降りた直後から嘔吐と下痢を繰り返し伯母の家で寝込んでしまった妻は、結局今日の午前中までほとんど立ち上がれなかった。

それでも朝ごはんは伯母と2人で食べることができ、伯母に食事させという目標は一応順調なスタートを切った。

朝食を済ませた後、私は一人で伯母のかかりつけ医を訪ねた。

先月の訪問診療の代金を支払って、大病院への紹介状をもらうためだ。

かかりつけのお医者さんも、伯母の認知が急速に衰えていることを危惧し、大病院での検査を勧めた。

しかし、伯母はいつものごとく頑なに拒んでいる。

紹介状が入った封筒を伯母に見せながら、「ちゃんと検査してくださいって先生に言われたんだから、行かないとこちらが困る」と伯母に迫ったが、「そんなところへ行くもんか」と伯母はまったくとりつく島もない。

午後になると妻の体調も改善したようで、起き上がって掃除機をかけ始めたと思ったら、今度は洗濯まで始めた。

去年あたりから伯母の家に洗濯物がぶら下がっているのをほとんど見なくなった。

洗濯物って、そこの場所に生活があるという証である。

午後3時半にはヘルパーさんがやってきた。

この春から週一回来てもらっているのだが、毎回伯母の強硬な拒絶にあい、いまだ一度も家にあげてもらったことがない。

しかし今日は、ヘルパーさんが到着するとすぐに妻が声をかけた。

「トイレのお掃除をお願いしてもいいですか?」

ヘルパーさんは「喜んで」と言って妻に従って家に上がる。

伯母はその展開に一瞬何が起きたか理解できずすぐに反応できなかったが、ヘルパーさんがトレイ掃除を始めたところにやってきて、「やめてください」「もう結構です」「やめてって言ってるのになんでやめないの」とずっと文句を言い続けた。

他人を家には上げないという伯母のルールが簡単に破られることに必死で抵抗する伯母の姿はちょっと哀れではあったが、伯母のトイレの状態は発展途上国の安宿のレベルであり、もはや誰かに助けてもらわなければ不衛生極まりない段階に突入しているのだ。

ベテランのヘルパーさんはさすがに年寄りの扱いに慣れていて、「はいはい」「ここだけやらせてね」などと言いながらお掃除を続ける。

汚れていたトイレが見違えるほどにきれいになった。

掃除が苦手な私には到底真似のできない芸当である。

妻にせよ、ヘルパーさんにせよ、やっぱり女性の力は偉大だと改めて痛感する。

ヘルパーさんを家にあげたことで、伯母が私たち夫婦まで敵視するのではと私は密かに心配していたのだが、結果的にはそうはならなかった。

あれだけヘルパーさんに悪態をついていた伯母は、ヘルパーさんが帰ると安心したように私たちと夕食を共にした。

妻が作った手料理を食べ、大好きなカルピスウォーターも飲んだ。

伯母にどうやってまともな食事を食べさせるかが今回の最大のミッションだったが、どうやらこの目標は達成できそうである。

妻がダウンして想定外のスタートを切った今回の帰省も少しずつ軌道に乗り始めた気がする。

次に待ち受けるのは、伯母を病院に連れて行くという超難問のミッション。

とにかく、当たって砕けろだ。

<吉祥寺残日録>岡山帰省5日目、伯母の家に介護認定の調査員がやってきた #210406

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