<吉祥寺残日録>岡山帰省8日目、「天満屋」で夜寿司と大手まんぢゅうを買って妻の実家を訪ねる #210711

昨夜飲んだカモミールティーが効いたのか、私も妻もぐっすりと眠って、目を覚ますともう6時だった。

今朝は久しぶりにいい天気である。

まだ暑くはないので少しブドウ畑の手入れでも試してみようかと、妻と2人で畑に行こうとしたところに伯母がちょうど起きてきた。

一緒に畑に行くと言う。

この1週間でずいぶん元気を取り戻し、農作業をする気力が出てきたようだ。

5月6月にやるべき作業を全くしていないので、不必要な枝や葉が生い茂り、トンネルの下は大変なことになっている。

本来ならば、早い時期に芽かきや摘房をして房の数を減らしておかねばならないのだが、ブドウの房もたくさんできてしまった。

このまま放置していても、木の栄養が分散して実が大きくならない。

畑に着くと、伯母はすぐに作業を始めた。

まさに長年体に染み付いた本能のような動きだった。

私と妻はしばしそんな伯母の作業を見守り、自分たちもハサミを持って見様見真似でブドウにハサミを入れてみる。

正直、どれを切るべきなのかわからない。

ただ病気で痛んでいるものや、房が長く伸びたもの、密集して房がぶつかり合っているものなどを切り落とす。

少し形を整えたマスカットだが、袋かけもせず果たしてどんなブドウに育つのやら・・・。

どうせ商品にするのではなく自分たちが食べるだけなので、実験と割り切って今年はこのまま放置プレーでどんなブドウができるのか結果を見てみようと思っている。

家の周りがどうなっているのか少し散歩したいと言う妻に付き合って近所を歩いた。

子供の頃に何年か暮らした場所なので、大まかな道筋は知っているが大人になってから歩いたことはない。

懐かしいというほどの思い出があるわけではないが、昔とあまり変わらない集落の様子は、今見ると不思議と心が落ち着く。

でも、長雨が上がって夏の太陽が朝から降り注ぐ中の散歩で、妻は「頭が痛い」と言って散歩を早々に切り上げた。

大雨も大変だが、真夏の太陽も難敵である。

午前10時ごろ、岡山市の中心部に出かけた。

中央郵便局で水道工事の振り込みを済ませ、老舗デパート「天満屋」の地下でお寿司と「大手まんぢゅう」を買うためだ。

妻の実家を訪ねるためのお土産である。

通りを歩く人は少なかったが、さすがにデパートにはそれなりに人出がある。

東京と違って岡山ではコロナ感染者の数は少なく、こうした商業施設に行くのにもさほど抵抗感を感じない。

まず買ったのは岡山名物の「大手まんぢゅう」。

「大手まんぢゅう」は備前藩の殿様が愛した180余年の歴史を誇る伝統のお菓子だ。

妻の父親の大好物で、毎食後1個この「大手まんぢゅう」を食べるのが日課だという。

ショーケースの上には、「日本三大まんじゅう」という説明文が置かれていてちょっと気になった。

『大手饅頭は天保8(1837)年、弊店の初代伊部屋永吉が、いまの営業地京橋町で創業しましたが、当時の備前藩主池田侯から特に寵愛を受け御茶会の席には必ず伊部焼の茶器とともに愛用されてきました。

備前岡山は古くから米処と言われています。大手まんぢゅうは、その良質の備前米を材料として、まず糀(こうじ)からつくり始め、もち米などを加えながらじっくり日数をかけて、成熟した甘酒を仕上げていきます。これに小麦粉を混合し発酵させて生地を調製いたします。この丹念に仕上げた生地で、北海道産小豆を特製の白砂糖で練り上げた漉餡を、薄く包み、蒸し上げますと甘酒の豊潤な香りを漂わせながら出来上がってまいります。』

私としては「大手まんぢゅう」の由来よりも「日本三大まんじゅう」が何なのかに興味があったのだが、それについては触れられていなかった。

そこで「日本三大まんじゅう」について調べてみると、確かに「岡山大手饅頭伊部屋 大手まんぢゅう」の名前があった。

他の2つは、「東京塩瀬総本家 志ほせ饅頭」と「福島柏屋 薄皮饅頭」だという。

しかし「日本三大まんじゅう」などこれまで聞いたことがなかったが、その歴史は浅く、2007年に三笠書房から発売された「日本の三大なんでも事典」という本がきっかけらしい。

それはともあれ、妻の家と伯母に「10個入り」(864円)を1箱ずつ買い求めることにした。

続いては、同じデパ地下にある「夜寿司」でお土産のお寿司を買う。

「岡山で二番目に美味しい」というキャッチコピーで昔から知られる老舗寿司店「夜寿司」。

一番美味しいのは「お母様や奥様がお作りになる家庭料理」ということのようだ。

妻の実家では昔からお寿司というと「夜寿司」と決まっているらしく、わざわざデパ地下まで買いに来たというわけだ。

何がいいのかわからないので、「上にぎり」(1620円)と「にぎり」(1080円)を1つずつ買う。

さらに妻の母親のリクエストで「岡山ばら寿司」(1620円)も買って、食べる量に応じて分けることにした。

結果的には、妻の両親はともに「ばら寿司」がいいということで、1つのばら寿司を2人で分け、にぎりは全部、私と妻で食べることになった。

伯母の様子に比べれば、今年92歳になる妻の父親は至って元気で、頭の方も一時よりもしっかりしてきて、まだまだ在宅で暮らせそうな様子だった。

一方、88歳になる妻の母親は少し性格が変わってきたように見える。

もともと頭が良くて何でもテキパキとこなす人だったが、転んで足を悪くして以来、家事をほとんどしなくなり、ちょっと子供に返ったような感じだ。

目の前に食べたいものを置かれると、我先に自分の分を確保し食べ始める。

ちょっと無邪気なおばあちゃんになってきているのだ。

妻の実家では、毎日のようにヘルパーさんが入り、平日の夕方にはお弁当も届くようになっているので、生活の質はキープされている。

そのため私たちは、持って行ったお寿司を食べ、おしゃべりをし、借りていたタオルケットを返却しただけで昼2時ごろに失礼した。

頼まれた用事は手紙をポストに入れることだけ。

今のお二人の状態であれば、まだしばらく心配しなくても良さそうだ。

今日はゆっくり休んで、明日の朝、伯母を病院に連れて行くという「ミッション・インポシブル」に備えよう。

<吉祥寺残日録>コロナ下で吉祥寺から岡山へ移動した #200519

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