<吉祥寺残日録>初めての年金が振り込まれた日、多摩墓地の樹林合葬墓に申し込む #210616

昨日は6月15日、私の人生で一つの大きな節目を迎えた。

今年3月に63歳になった私の口座に、初めての年金が振り込まれていたのだ。

偶数月の15日が年金の支給日だということは、現役時代には当然意識することもなかった。

私の世代は、60歳から65歳へと段階的に支給年齢が引き上げられる過渡期にあり、63歳から厚生年金を受給でき、65歳になると国民年金ももらえるようになる。

近頃では、できるだけ長く働いて年金の受給開始を遅らせることで月々の支給額を増やす人も増えているようだが、年金財政の将来は当てにならないので、いただけるものはいただいておこうというのが私の考えだ。

これで私も、正真正銘の年金生活者。

若者たちの稼ぎにすがって生きていく立場となった。

せいぜい人様に迷惑をかけないよう、故事に倣って「入るを量りて出ずるを為す」暮らしを実践する所存である。

この初めて年金を受け取った日に、私たち夫婦はもう一つ、人生の節目となる行動をとった。

墓の申し込みを行なったのだ。

ちょっと気が早い話なのだが、これには与謝野晶子が関係している。

話は5月の末に遡る。

私が与謝野晶子のお墓を探して「東京都多摩霊園」を訪れた時、6月15日から年に一度の墓地の申し込みが始まることを教えてもらったのだ。

多摩霊園には、西園寺公望など歴史の教科書に登場するような人たちの立派なお墓が並んでいるのだが、実はもっとカジュアルで庶民的なお墓も用意されている。

ただし人気が高いため、毎年抽選になるという。

たとえば、こちらは「芝生埋蔵施設」。

欧米のように芝生の上に墓石を並べてある。

いかにも妻が好きそうなお墓だが、こちらはすでにいっぱいで、空きが出た場合のみ募集がなされる。

こちらの立派な建物は、「長期収蔵施設 みたま堂」。

この建物の中にたくさんの遺骨が収められている納骨堂で、建物の前に設けられた礼拝所でお墓参りをすることになる。

このほかに今年から新たに「樹林型合葬埋蔵施設」というのが多摩霊園に作られたらしい。

妻とはかねがね「陰気臭いお墓よりも樹木葬がいいね」と話していたこともあり、早速帰って妻に教えると案の定、話に飛びついてきた。

他のお墓はすでに遺骨がある、すなわち亡くなった人がいることが墓地を申し込む条件なのだが、この「樹林型合葬」は生前に申し込みができるようになっている。

死後にお墓の面倒を見てくれる身内がいない人も増えているため、こうした形式のお墓のニーズが増しているということなのだろう。

令和3年度の都立霊園の使用者募集期間は、6月15日から7月2日まで。

つまり、昨日から受付がスタートした。

別に先着順ではないので急ぐ必要もないのだが、せっかちな妻に急かされて「TOKYO霊園さんぽ」というサイトからインターネットで申し込みを試みた。

まず最初に申込者登録を行ない、送られてきたユーザーIDを使ってサイトにログインする。

「東京都立霊園使用者の募集 お申込み」というページが現れる。

最初に選択するのは、希望するお墓の種類だ。

「一般」「芝生・みたま堂・立体」「合葬」「樹林」などから選ぶが、基本的に1人1種類のお墓しか申し込めない。

私たちは迷わず、「樹林」を選んだ。

次に、「遺骨申込」「遺骨・生前申込」「生前申込」の区分を選択する。

1体用と2体用があり、夫婦で一緒に入る場合は、2人とも死んでいるか、1人が死んで1人は生きているか、それとも2人とも生きているかで選べばいい。

さらに、「資格の確認」というボタンを押し、自分が申込資格を満たしているかどうかを確認する。

こちらが「多摩霊園樹林型合葬埋葬施設」を生前申し込みする場合の資格である。

  • 埋蔵予定者全員が、都内に継続して3年以上居住していること
  • 埋蔵予定者全員が存命で、申込者と夫婦、親子又は兄弟姉妹の関係であること
  • 火葬された遺骨であること

私たち夫婦には、問題なく資格はありそうだ。

最後のステップは、埋蔵方法について。

1体なのか2体なのか、遺骨で納めるのか、粉状遺骨で納めるのかを選ぶ。

通常の火葬場で焼いた骨は「遺骨」と呼ばれる。

これを散骨用に粉末に処理したものが「粉状遺骨」で、通常の「遺骨」に比べてスペースが小さくて済むため費用が安いのだ。

私たちは「粉状遺骨」を2体で申し込んだ。

費用は2人でわずかに6万円。

個人墓を買うよりもはるかに安く、毎年の管理料も必要ない。

あとは選択内容を確認して送信すると、「公益財団法人東京都公園協会」から申込完了メールが届く。

人生の重大な出来事にしては、あっけないほどに簡単で、あとは8月の抽選を待つだけだ。

年金を受け取り、お墓を申し込む。

なんだかとても不思議な一日だった。

でもこうして一つ一つ節目を越えていくことで、慌ただしかった現役時代が遠のいていく。

意外なほど寂しさはない。

コロナ禍で自由に行動できない日々が続いていても、私の心は満ち足りている。

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