<吉祥寺残日録>会社勤めが終わった #200630

38年勤務したテレビ局に出社するのは今日が最後だ。

38年間は長かったが、終わってみればそれほどでもないように感じる。

よく年寄りが「人生なんてあっという間だ」などと言うが、そこまであっという間でもなかった。テレビという仕事柄、ちょっと思い出すだけで、いろんなことがあった。

でも、会社を辞める最後の日に思い返してみると、眠れぬ思いをした日々も大したことない事で悩んだものだとバカバカしく感じたりもする。

午前9時半ごろの電車に乗って、会社員として最後の出勤。

会社から貸与されているパソコンやデスクの鍵、さらには社員証や健康保険証を返却して、これでおしまい。

会社から出る時に社員証が必要なので、担当者に同行してもらって会社を後にした。

やり残した仕事もあるため、「顧問」という名刺をもらって必要な時に限って会社に来ることもあるだろうが、それはもう社員としてではない。一人の個人事業主として、取引先の会社に行くという感覚になるのだ。

吉祥寺に引っ越してから、通勤ルートとなった渋谷の街に来ることも今後はほとんどなくなるだろう。

そういう意味では、大きな人生の転機ではある。

考えてみれば、幼稚園に入って以降、「やらなければならないこと」のない生活というのは私の人生ではなかった気がする。

強いて言えば、大学時代。

授業にも出ずに、その日の気分で過ごしていた。でもその時期でも、サークルの活動などで「やらなければならないこと」はあると言えば確かにあった。

これからの人生でも、親たちの介護やら農地の管理など、「やらなければならないこと」がまったくないわけではない。

でも、基本的には朝起きて、その日にやりたいと思ったことをやればいいのだ。

何という、開放感!

会社の帰り、渋谷から吉祥寺に行く井の頭線に乗り込む。

もうこのルーティンから私は完全に自由になるのだ。

人生を自分の手に取り戻す。

会社を辞めることに、何の寂しさも感じない。

実にサバサバした気分。もう会社で私がやるべきことはすべて終わったのだ。

これからの人生、自分の行動で新しい出会い、新しいプロジェクト、新しい何かを見つけることができるだろうか?

すべては私にかかっている。

とは言っても、何の気負いもない。

もし何も見つけられなければ、ただじっとしてればいいのだ。

それさえも選択肢の中にある。

とても幸せな満ち足りた気分だ。

家に帰ると、私の退職を祝って妻が花を買ってきてくれた。

ケチな妻にしては奮発した3000円の花束。

白いバラが3輪入っていた。

ケチな妻がバラを買ったのは、あまり記憶にない。それだけで、今日は我が家にとって特別な日だということを意味している。

長年勤めた会社を辞めて次なる人生に踏み出す日に、妻との良好な関係が保てていたことはまさに奇跡と言っていいだろう。

それこそが、何ものにも変えられない幸せ。家族内に大きな問題を抱えていないこと以上の幸せがこの世にあるだろうか?

その場その場をしのいで適当に生きてきた私に、このような幸福な引退の日が待っていたことを神様にでも何にでも感謝したい気持ちだ。

そうなのだ。

私は生まれつき、運だけはいい。

運がいいだけの幸せ者なのだ。

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