養子縁組

唐突な話だが、岡山で一人暮らしをしている伯母と養子縁組をしようと提案した。

伯母は、私の死んだ父親の兄の奥さんだが、結婚して何年かで伯父が亡くなり、若くして未亡人となった。

親族からは「まだ若いのだから、実家に戻って新しい人生を歩んだ方がいい」と勧められたようだが、伯母は伯父の家に残った。伯父の母親を一人残して実家に帰ることができないと考えたようだ。

それから長い年月が流れた。伯父の50回忌も終え、伯母は今年88歳を迎える。

ずっと私の先祖が残した農地と墓を守って、一人で暮らしてきたのだ。

気丈に生きてきた伯母だが、さすがに寄る年波には勝てず、この数年体力の衰えが顕著になってきた。子供がいない伯母のことは見守ることは、子供の頃世話になった甥である私の務めでもある。

伯母が一人で守ってきた農地も私が引き継ぐことになる。

相続のこともある。伯母の老後のこともある。そして、伯母の姉弟たちを安心させる意味もある。

私が考えたのは、伯母との養子縁組をすることだった。

私が伯母の息子になることで、残りの人生を安心して暮らしてもらいたいと思ったのだ。

伯母には、これまで何度かそれとなく打診してみたが、その都度「そんなこたぁ、ええ。遺言状を書いて、仏壇の引き出しに入れとるから」とそっけない返事が返ってくるだけだった。

でも来月、私の父親の13回忌で私と弟が一緒に岡山に帰省することになっている。私の母を加えた4人が顔を揃えことは滅多にないので、改めてきちんと私の気持ちを伯母に電話で伝えた。

伯母は例によって、そっけない反応だったが、私が真面目に話をしたためか、途中からちょっと反応が変わったように感じた。

「ようわからんけど、あんたがええようにしたらええ。」と言った。

心なしか声も嬉しそうだったので、私は「じゃあ、その方向でちょっと調べて、来月帰った時に、おふくろや弟を交えて相談しよう」と言って電話を切った。

そしてやはり岡山で一人暮らしをしている母親に電話して、「伯母ちゃんが、あんたに任せると言うから、養子縁組する方向で準備しようと思う」と伝えた。

母親にすれば、自分の息子が他の女性と養子縁組するのは微妙な話でもある。

実際これまでも母親にその話をした時には、微妙な反応が返ってきていた。

でも今回は、伯母の衰えもはっきりしてきたし、老後のいろいろな手続きのことを考えたのだろう。私の案に理解を示してくれた。

「伯母ちゃんさえ、その気になれば、その方が安心だと思うね。」

伯母と母親の一応の了解を得た私は、早速、妻と一緒に市役所に行き、養子縁組の手続きについて教えてもらった。

思ったよりも簡単なようで、所定の用紙に私と伯母が必要事項を記入し、伯母の戸籍謄本を添えて役所に提出するだけだ。書類には、証人が2人必要だと言うので、私の母と弟に依頼することにした。

来月帰省した時に、伯母と母、弟に記入・捺印してもらえば後は私が一人でできる。

書類に不備がなければ、提出日に養子縁組が認められると言う。

養子縁組すると実の母親との戸籍はどうなるのかが気になったので市役所の担当者に聞いてみたが、戸籍上の父母欄がそのままで、その下に「養母」として伯母の名前が書き加えられるのだと言う。

ちなみに、新しい戸籍を作ることになるそうで、配偶者である妻も同じ戸籍に入ることになる。ただし、まだ私の戸籍に入っている独身の三男は新しい戸籍には入らず、元の戸籍に残るのだということを知った。三男は独身の間、私の古い戸籍に残るが、私と妻はその古い戸籍からは除籍され一人だけの戸籍になるのだそうだ。しかも、戸籍の筆頭者は、除籍になった私のままだ。

戸籍というものは、本当に不思議だ。

その話を聞いた妻は、「これをきっかけに三男が結婚する決断をすればいいのに・・・」と、養子縁組を自分の願望の実現に利用できないかと夢想しているようだった。

市役所の帰り道、私は「いつ書類を提出するか」という話を妻と相談していた。

当初は、「来年1月とか4月とか、切りのいい日がいいな」と思っていたのだが、養子縁組するなら伯母を私の扶養家族にできるかもと思いつき、どうせなら年内に手続きをした方が得ではないかと考え始めた。

あまりにスムーズに事が進むと、人間はどんどん欲深くなるものだ。

そして今日、弟にも電話して、養子縁組の話を伝えた。案の定、弟も賛成で、証人になる件も快諾してくれた。

その際、私は弟にこう告げた。

「伯母ちゃんのことだから、やっぱり嫌だと言いだすかもしれないから、その時は説得を手伝ってくれ」

そう、私にはわかっていた。伯母はそんなに簡単に人を頼る人間ではない。ずっと一人で生きてきた人なのだ。

そして、私の予感は的中した。

今日の昼、母親が電話をかけてきた。

「伯母ちゃんと電話してたら、あんたと話した後、いろいろ考えたようでまだ心が揺れてるみたいだからあまり先に先に進めないほうがええよ。」

昨日電話で話した時は、私が伯母のことをいろいろ心配してくれているので「あんたに任せる」と言ったものの、まだまだ人の世話にならなくても自分でできると思っているという。

確かに、家や畑のことも、自分の葬式のことも、伯母がテキパキ段取りをしている。私も、そんな伯母の性格は知っているので、いつも偉いなと思いながら見ているのだが、いつ何かがあってもおかしくない歳ではあり、元気なうちにこの手の話はしておかなくては将来困る事態も予想される。

でも、伯母の気持ちが第一である。

来月の法事でみんなが顔を合わせた時、また話してみようと思っている。

その時に結論が出なくても、私の家族の間で、一つの懸案として共通認識ができればそれでいい。別に一刻を争う状況ではない。

じっくりと腰をすえて、見守っていこうと思う。

果たして、どんな結論になるだろう?

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