思い出の食

誰にでも「思い出の食」というものがあるだろう。幼い時に食べた味、ある記憶と結びついた味。それらは美味い不味いという基準とは関係なく、特別な価値を持っている。

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この週末、妻と一緒に岡山に帰省した。

目的は前回同様、裏山の竹の始末だ。

金曜日の最終便を予約し、羽田空港で夕食を食べたのだが、そこで私の「思い出の食」を見つけた。

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第2ターミナルビル4階にあったのは「新宿アカシア」の支店だった。

「アカシア 羽田空港第2ターミナル店」

「新宿アカシア」は私が大学に入って上京して最初に先輩に連れて行ってもらったレストランだ。初めて行く都会のレストラン。ロールキャベツが有名なお店で、ありがたいことに値段も安かった。

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これがそのロールキャベツ。

40年ぶりに食べるアカシアのロールキャベツは大きくて、クリームシチューはとても濃かった。昭和の味、垢抜けない味だった。

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名物のロールキャベツと様々な洋食を食い合わせたお得なセットメニューが並ぶ。

その中から、私が注文したのは「豚ミンチカツとロールキャベツシチュー」(1000円)。

すごいボリュームだ。厚さ薄めのメンチカツにはスパゲティーとコールスローが添えてある。今時この組み合わせにはなかなかお目にかかれない。私の学生時代、まるで学食のメニューのようだ。

味の方は、昔のような感動はない。それだけ、美味しいレストランが増えたということだ。でも田舎から上京した貧乏学生に都会を感じさせてくれた昭和モダンの「思い出の食」。その味は特別だ。

食べログ評価3.55、私の評価は3.30。

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岡山では、裏山の竹やぶに行き、今年はえたばかりの若い竹を片っ端から倒した。まだ柔らかく、手足で簡単に倒せる。これを放っておくと、1年も経たないうちに高さ10mを超える硬い竹になってしまうのだ。

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そして今年米寿を迎えた伯母の手伝い。

桃の実に袋をかける作業を妻と一緒に手伝う。去年も挑戦しなかなか苦戦した仕事だ。

伯母はぶどう畑の消毒作業もするというので手伝おうとしたが、ぶどう棚が伯母の背丈に合わせてあるため、私は中腰になっても頭が棚に当たってしまう。消毒液のタンクを背負って作業を始めたものの、麦わら帽子がぶどうの枝にぶつかり、小さなぶどうの実を傷つけてしまう。見かねた伯母が「もういい」という様子で交代し、自らタンクを背負い消毒を始めた。年老いた小さな体には重労働だろう。

それにしても、このぶどう棚の高さは何とかしなければ手伝いができない。

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今回の帰省でもう一つ試みたのが、母親にいらない物を処分するよう説得することだ。

母は今、賃貸マンションに一人暮らしだ。25年前、父とこのマンションに引っ越した際、奥の部屋や押入れに運び込んだ荷物がそのままの状態でスペースを埋めている。

何とか少し物を捨てるとゆったり暮らせると勧めているのだが、その度に頑なに片付けを拒否するのだ。それ以外のことはおおらかで物分かりがいい母なのに、なぜ片付けを嫌がるのか?  やはり、父と暮らしていた頃のままにしておきたいのかもしれない。

そんな母に、今回食器を売ってみる事を提案した。「ハードオフ」などで買い取ってくれると思ったからだ。お金にならなくても、引き取ってはくれると思っていた。

しかし、電話で問い合わせてみると、現実はそれほど甘くないことがわかった。食器類は、贈答用などの箱に入った状態の未使用のもの以外は買い取らないというのだ。

ネットで調べてようやく使用済みの食器も買い取ってくれるお店をみつけた。母の了解を取り付けて、試しに土鍋とすき焼き鍋を売りに行くことにする。どちらも昔使っていたものだが、最近はまったく使っておらず買った時の箱に収められている。見た目はまだ新しい。

持ち込んだのは岡山大学の近くにあるリサイクルショップ「ライフとキミドリ」。変わった名前だ。

店員さんに品物を見せると、浮かない顔で「この土鍋、ヒビが入っていますね。これは引き受けできませんね」という。ヒビと言っても、火にかけた際に内側の底の部分の表面にヒビが入っただけで使用にはまったく問題ないものだ。「たち吉」の箱入りなのだが、タダでも引き取ってはくれないという。

一方、すき焼き鍋の方はそうした問題はないので、引き取ってはくれた。値段は50円だった。確かに今時、すき焼き鍋を持っている人は少ないかもしれない。我が家でもたまにすき焼きをする際にはフライパンを使っている。物はできるだけ増やさないという人が増えているのだろう。

そんなことで、結局すき焼き鍋を50円で売り、土鍋は持ち帰った。それでも、食器の買取をしてくれる店が見つかっただけでも一歩前進。次回帰省した際には、残っている大量の食器を売りに行こうと思う。

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そして今回の帰省でもう一軒、私の「思い出の食」と出会った。

ホームセンターの帰り、母と昼食を食べる店を探している時、道端に昔懐かしい店名を発見し思わず入った。

「すわき後楽中華そば 下中野店」

「すわき」というのは岡山市随一の繁華街表町にあった家具屋さんの名前だ。その家具屋の地下になぜか「後楽そば」という直営のラーメン屋があった。私が子供の頃、父に連れられて時々訪れた。当時我が家の外食といえば、天満屋百貨店の食堂かこの「すわき」の後楽そばだった。

文字通り、私の記憶の奥底に刻まれている「思い出の食」なのだ。

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箸袋にも「昭和39年 岡山に誕生」の文字。

ウィキペディアによると、家具店「すわき」の社長夫人が副業として本店の地下でラーメン屋を始めたのが最初だそうだ。私の少年時代は、まだ創業間もない勢いのある時期だったのだ。

その後順調に事業を拡大した「すわき」だが、バブル崩壊後の不況で経営が傾き、創業家が経営から退き、社名も変更したのだという。その過程で、「後楽そば」も営業譲渡したため今は「すわき」とは直接関係ないそうだ。ただ岡山の人は、このラーメンを「すわき」と呼んでいたためその名前を残したのだろう。

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人気NO.1という「醤油ラーメン+セットぎょうざ」(1070円)を注文する。

ご飯が異様に量が多い。

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とろんと濁った醤油スープ。ちょっとパサついたような麺。

淡麗でもなく、かと言って濃厚というほどでもない。今となっては、特別美味しいという訳でもない。

しかしこれが、半世紀前に私が初めて食べた歴史的なラーメンなのだ。

正直、ラーメンの味に懐かしさは感じない。あまり味を覚えていないのだ。ましてや、餃子などは当時食べさせてもらった記憶がない。

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一番覚えているのは、ラーメンに必ず付いてきたカリカリ小梅だ。

ラーメンというよりも、ラーメンと一緒に小皿で出される2粒の小梅の味をなぜかはっきりと覚えている。きっと幼い私は、それが好きだったのだろう。

今、その小梅は食べ放題となっている。

確かに昔もこの味、この硬さだった気がする。小梅が妙に懐かしい。これこそが、私の正真正銘人生最初の「思い出の食」といっていいだろう。

食べログ評価3.13、私の評価は3.30。

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思いがけず、2つの「思い出の食」に出会った今回の旅。

親たちもみんな元気だったし、定年後の方向性も少し見えてきた旅だった。

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