<吉祥寺残日録>北京五輪2022🇨🇳 2008→2022、2つの北京五輪開会式に中国の進化を見た #220205

どんな国威を発揚するような演出があるだろうと見始めた昨夜の北京オリンピックの開会式。

私の予想は完全に裏切られた。

とてもシンプルで、洗練されていて、テクノロジーと人間味が適度にミックスされた素敵なセレモニーだった。

メインとなる選手の入場行進を式の前半に持ってきて、選手たちも観客席で式典を座って楽しめるような「おもてなし」も考えられていた。

昨年行われた東京オリンピックの史上最悪の開会式を見た後だけに、全てにおいて日本は負けたと実感させられる開会式だった。

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日本時間の午後9時から始まった開会式。

「二十四節気」を使ったカウントダウン映像からスタートした。

四季折々の中国各地の風景が実に美しい。

カウントダウンの最後は「立春」。

2月4日の開会式が、中国で1年の初めを意味する「立春」に合わせたことがこの演出で確かめられた。

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映像が終わると、立春をモチーフに春の到来を表すパフォーマンスが始まった。

陸上競技場のフィールド全体を覆うLEDパネルの上で、植物の芽生えを表す緑色に光るたくさんの棒が揺れる。

実に美しいオープニングだ。

最初は緑の棒のように見えるものも映像だろうかと思ったら、たくさんの人たちが各々ライトセーバーの長いものを持ってそれを揺らしているのだった。

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LEDパネルを床に敷き詰めることによって、プロジェクターで映像を照射するプロジェクションマッピングと違って、地上で人がどのように動こうが影を気にする必要がなくなる。

演出の自由度が遥かに増すのだ。

中国は韓国と並ぶLEDパネルの世界的な生産国で、中国国内でも日本など比べ物にならないほど大規模なLEDモニターが普及している。

開会式の会場全体にLEDパネルを敷き詰め、正面にも縦長のLEDパネルを置くことで、立体的な映像表現が可能となった。

東京五輪のシャビーな舞台装置とは比べようもない計算され尽くされた空間である。

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次は、地面から氷の塊が競り上がり、その氷が溶けて中から五輪のエンブレムが登場する演出。

こちらもピッチの細かいLEDパネルが使われているように見えた。

冬のオリンピックにふさわしく、雪と氷にこだわった一貫した演出プランが貫かれていた。

東京オリンピックのような意味不明な演出がほとんどなく、氷からエンブレムが現れるこの演出も選手入場につなげるためのもの。

あくまで、オリンピックの開会式に求められる式次第を、飽きずに楽しく見せるための演出なのだ。

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もう一つ目についたのが、習近平政権が掲げる「中華民族の偉大な復興」というメッセージを封印したこと。

開会式の演出を担当したのは2008年と同じ映画監督のチャン・イーモウ。

ただ、国際社会で高まる人権問題への批判を意識したのか、2008年と違って驚くほど国威発揚的な要素が少なかった。

2008年の北京オリンピックでは、多くの人や物を登場させ、まるで三国志を思わせるような時代絵巻を繰り広げ、壮大な中国の歴史を演出して度肝を抜いたが、今回はそうした押し付けがましい演出はほとんどない。

たとえば、中国国旗の掲揚のシーン。

クラシック音楽をバックに多くの市民が列を作り、国旗を受け渡していく。

よく見ると、様々な民族衣装を着た男女が多く混ざっている。

中国は多民族国家であることを強調し、中国には民族問題はないことをアピールしているようにも見える。

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選手の入場行進でも、使われた曲はクラシックの名曲。

中国の伝統的な音楽や有名歌手が出てきて歌うような場面は全くなかった。

選手たちは、LEDパネルで演出された光の道を歩き、トラックを半周して用意されたスタンドの席に着席する。

その時、フィールド内には中国各地の美しい映像が流されて、環境を意識したオリンピックであることをさりげなくアピールするのだ。

中国語(簡体字)の国・地域名表記で、1文字目の画数の少ない順に入場するため、日本チームは10番目に登場した。

プラカードは中国伝統の組紐をモチーフにして雪の結晶を描いたものだ。

透明な板に国名が光るこのプラカードも、さりげなく中国の技術力を表している。

日本の次に登場したのが台湾。

プラカードでは「中華台北」と表記されたが、国営放送では「中国台北」と紹介され、NHKは「台湾」という名称を使っていた。

台湾が登場すると、招待客で埋まった会場から大きな歓声が湧いたというが、台湾選手たちの表情がとても暗かったのが印象に残った。

笑ってしまったのは米領サモアの旗手。

夏季のオリンピックではお馴染みだが、上半身裸の民族衣装で氷点下の会場に現れた。

体に塗られたテカテカの塗料には多少保温効果があるのだろうか?

そして最後に登場した主催国中国の選手団。

ここだけ、音楽も照明も変わり、スタンドの人たちはみんなスタンディングオベーションで中国国旗の小旗を振りながら選手たちを迎えた。

おそらくスタンドを埋めているのは、中国共産党の関係者ばかりだろうから、そのまま受け取ることはできないのかもしれないが、今の中国では自分の国に誇りを持ち心から愛国に燃える人たちが多いのだろうと想像した。

オリンピックを利用してなんとしても愛国心を盛り上げようという2008年当時の露骨な姿勢は、今回の開会式からはもはや感じられない。

何もしなくても、国民は政府を信頼し支持してくれる。

そんな習近平政権の自信が、昨日の開会式には表れていたように私には見えたのだ。

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習近平さんがオリンピックの開会を宣言した後、たくさんの市民が一列に並び同じペースで歩いていく。

中には中国人だけでなく外国人の姿を見える。

そして「共に未来へ」という今大会のスローガンが映し出された。

米中対立が激化し、中国包囲網が次第に強まってくる中で、それを牽制する意味合いがこのスローガンには込められているように見える。

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さらに、オリンピック旗掲揚の前に行われた演出。

バックには、ジョンレノンの名曲「イマジン」が使われ、世界平和をアピールする。

そして、「より速く、より高く、より強く」というオリンピックのモットーと共に、「togather 一緒に」というメッセージが超大型スクリーンに描き出されるのだ。

「くさい」と言えば確かに「くさい」が、それが比較的サラッとしていて悪い気がしない。

やはり演出が優れているということだろう。

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そして注目された聖火の点灯方法。

2008年には、人間がスタジアムの壁を走る演出で世界中の度肝を抜いたが、今回は実に対照的な演出だった。

選手入場で使われた各国のプラカードが集まって大きな雪の結晶となる。

この雪の結晶のオブジェはバッハ会長の挨拶の背景になったり、セレモニーの随所で装飾として使われるのだが、これが聖火台であることが最後にわかる。

最終ランナーとなった2000年代生まれの若い男女のアスリートが、持っていた成果を雪の結晶の中心に立てる。

聖火リレーに使われた小さなトーチがそのまま今大会の聖火になったのだ。

各国の名前が刻まれたエンブレムがその聖火を取り囲み、一体となって雪の結晶の形をした聖火台になるという演出である。

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聖火台は吊り上げられ、ゆっくり回転しながらスタジアムを見下ろした。

とても美しい絵だ。

東京オリンピックでは、何の脈絡もなく富士山を模した聖火台が唐突に表れて、水素を使ったバーナーのような火が燃え上がったが、北京の聖火は今にも消えそうな小さな炎。

それはエコの象徴であり、「聖火ってこれでいいんじゃない」というメッセージに聞こえた。

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2008年の北京オリンピックが開かれた時、日本はまだGDPで世界第2位の経済大国だった。

私たちの世代が生まれた時の中国はまだ貧しく、文化大革命の混乱の中にあった。

弱かった中国には私たちはシンパシーを抱き、多額の経済支援も行い、多くの日本企業が中国に進出した。

ところが改革開放が進み「世界の工場」として着実に力をつけた中国は、ついに2010年、GDPで日本を逆転する。

日本人が中国を恐れるようになったのは、それからだ。

今ではもう中国のGDPは日本の3倍を超えている。

つまり、2008年の北京五輪から今回2022年の北京五輪までの間に、中国と日本の力関係は劇的に変わり、それに伴って中国を見る日本人の目も大きく変わったのだ。

もはや負けているのは、経済力だけではない。

私たちも心して現実を直視する必要がある、そう感じさせる開会式であった。

<吉祥寺残日録>【東京五輪開幕】コロナ禍で行われた開会式は異例づくめ #210724

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