まだ一度も足を踏み込んだことのない中央アジアに行こうと思い立ったものの、具体的にどこの国に行くか、どういうルートで入ればいいのか、全くイメージがわかなかった。
旅行サイトていろいろシミュレーションした結果、韓国経由でカザフスタンのアルマトイに入るのが価格的には有利に思えた。
この円高の時代でも往復で13万円程度、欧米に行くよりかなり安い。
羽田から金浦空港に入ることもできるが、アルマトイへの飛行機は仁川空港から出るので韓国内の移動が必要だ。

ということで、今回は初めて仁川空港を利用することになった。
アジア屈指のハブ空港として一世を風靡した仁川空港。
果たしてどんな空港なのか、自分の目で確かめたいという思いもあった。
ソウル市内に近い金浦空港に比べて、海沿いに作られた仁川ははるかに規模が大きい。

飛行機を降りると、Transfer と書かれた案内板が目に飛び込んでくる。
韓国を目的地とすると旅行者と同じくらい私のような乗り換え目的の客が多いということだろう。
通路の壁には巨大なデジタルサイネージ。
テレビ局時代の最後に私もデジタルサイネージの仕事で何度か韓国を訪れたことがあり、そのコンテンツにも自然に目が入ってしまう。
やはり韓国は、中国と並ぶデジタルサイネージ先進国である。

乗り換え客用のルートを進み手荷物検査を受けるとショッピングモールのようなロビーに出た。
世界中のブランドショップやフードコートがずらりと並び、買い物好きなら何時間もここで過ごせるのだろう。
しかし残念ながら私はショッピングに興味がない。
世界有数のハブ空港なら、中央アジア各国の通貨の両替もできるかもしれないと思ったが、マイナーな通貨は扱っていないようだった。

さて、どうやって時間を潰そうかと思案しているところに、韓国の民族服に身を包んだ一団が現れた。
彼らが踊っているのは韓国の文化を紹介するショップらしく、仁川空港はこの空港を利用する多くの外国人に韓国を売り込む戦略拠点となっているようだ。

私が利用するアシアナ航空の乗り換えデスクという看板を見つけ、エスカレーターで上の階に上がってみた。

アルマトイまでのモバイル搭乗券を提示すると、女性スタッフは何もしなくてもこの搭乗券で飛行機に乗れると言った。
紙の搭乗券で仁川に来ている客はここで乗り換え便の搭乗券を受け取るというカウンターのようだ。
せっかくなので、トランスファーラウンジを利用できるかと質問してみたが、ビジネスクラス以上の客だけだと断られた。

仕方がない。
プライオリティパスが使えるラウンジを探そう。
広い空港内をウロウロしていると、無料で利用できるソファースペースがあった。

シャワールームも見つけた。
搭乗便を待つ客であれば乗り換えの客でも無料で利用できるそうだ。
日本の空港にもこんなシャワールームがあるのだろうか?

免税品の引渡し場や税金の払い戻し窓口もいくつも用意されていた。
韓流好きな日本人女性たちもきっとここのお得意様なんだろう。

プライオリティパスで利用できる空港ラウンジは、仁川の第一ターミナルだけで5つもあるようだ。
ちょうどお昼時だったので、混雑しているラウンジもあったが、私は5時間ここで時間を潰すので、できるだけ空いたラウンジを選んだ。
「SKY HUB LOUNGE」である。

中は普通の空港ラウンジと違って食堂のような造りで、食事をするためにやってくる客が多いようである。

並ぶ料理はほとんど韓国料理だ。
仁川で美味しい韓国料理を食べようと思っていたのでちょうどいい。

機内食でそれほどお腹は空いていなかったから、私は生ビールとおつまみになりそうな料理をいくつか食べてみた。
正直、ガッカリな味だ。
しかし、お金を払わず食べているのだからまあ文句も言えないだろう。
空港ラウンジの料理など、どこの国もまあこんなものだ。
無事にラウンジに入ったものの、まだ出発までには6時間近くある。
どうやって時間を潰すか?
幸い空港のWi-Fiはそれなりに使えそうなので、YouTubeで音楽でも聴くことにした。
最近少しハマっている懐かし曲を適当に再生していると、面白い動画が引っかかった。
「1990年〜1999年ヒット曲ランキングトップ50」
90年代に発売された日本のヒット曲を売り上げの多い順にランキングしたものらしい。
ミスチル、スピッツ、ドリカム、宇多田ヒカル、浜崎あゆみ、そしてB’z。
私もよく聴いていた懐かし曲が目白押しだ。
ほとんどの曲は知っていて、自分でもカラオケで歌った名曲の数々が並ぶ。
40代だった私はバリから戻り、夕方ニュースの編集長を務めていた。
現場の記者と違って番組班になるとスタッフたちとカラオケに行く機会も多い。
あの時代の音楽を聴くと、楽しい思い出が蘇る。
大変だった事もたくさんあったはずなのに、今となっては楽しかったことばかりが思い出されるから不思議だ。
韓国にいるのも忘れて、過去の思い出にタイムスリップしていると意外に時間が経つのも早く感じる。
懐かしさのついでに、80年代、70年代のヒット曲ランキングも確認すると、演歌や歌謡曲が幅をきかせ90年代の音楽と全く趣きが違うことに気づいた。
バブルを経て日本の音楽シーンはガラリと変わってしまったようだ。
バブルによって演歌的な風土が消えたのか、それともレコードからCDに媒体が変わったせいなのか?
私が聴いてきた音楽の変化に韓国で気づくというのも何だか妙なものである。

こうして懐かしの音楽のおかげで、6時間半という気の遠くなるようなウェイティングタイムを無事にやり過ごし、午後5時50分、アシアナ航空便は定刻にアルマトイに向けて飛び立った。
仁川空港を離陸するとすぐ海に出た。
朝鮮戦争の時、アメリカ率いる国連軍が起死回生の上陸作戦を行った海岸である。
今も北方には北朝鮮との国旗が迫り、海を挟んだ向こうには中国の領土が広がっている。
日本とは比較にならないほど危険な位置にある国際空港、それが仁川なのである。