漢詩

今朝はマスターズゴルフの中継を見るために早起きをした。外を見ると、公園の桜が春雨にけぶっていた。

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そして、燕。

燕が数羽、木々の上を舞っている。4月4日は七十二候の「玄鳥至(つばめきたる)」である。

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ゴールデンウィークに南京に行ってみようと思い立ったのは、3月初めのことだった。

一向に改善しない日中関係。私が若い頃には、中国4000年の歴史に敬意を抱く日本人が少なくなかった気がするが、ネットの世界では「嫌中」が当たり前だ。そんなに中国を毛嫌いしたところで、地政学的に巨大な中国の隣国であることは避けられないのだ。もう少し、お互いの良いところを知り、理解しようとする努力も必要だと常日頃思っている。

今年、あの南京事件から80年を迎える。

それを前に日本では“悪名高き”「南京大虐殺紀念館」というところもぜひ見ておきたい。自分の足で南京の街を歩き、自分の目で見て、肌で感じたいと思う。日本人が多くの外国の人に、広島や長崎を見て欲しいと思うように、日本人も南京に足を運ぶべきだと思ったのだ。

また、南京は三国志の呉以来、多くの王朝が都を置いた古都だ。多くの歴史がそこには詰まっている。南京事件だけが、南京ではない。3泊4日の日程ではとてもすべては見て回れないだろう。

南京旅行の前に少しでも中国のことを知ろうと思い、きのう図書館で中国関連の本ばかり借りてきた。有名な鈴木明著「『南京大虐殺』のまぼろし」も読みたいと思ったが、私が行く図書館にはなかったので、予約をし取り寄せてもらうことにした。

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そんな本の中に、「NHK新漢詩紀行」というシリーズ3冊がある。家に帰って早速ページをめくってみた。漢詩など目にするのは高校以来だ。高校時代もまったく興味を持ったことがなかった。

杜甫、李白、白楽天など学校で習った詩人たちの有名な作品が並ぶ。NHKは一つ一つの漢詩の舞台を訪ね、映像化し5分の番組シリーズを放送した、らしい。私は同じ業界ながらまったくその番組を知らない。漢詩というものにまったく興味がなかったからだろう。

中国4000年の文化を、にわか勉強で理解することはとてもできない。とりあえず、南京を舞台にした詩を読んでみることにした。3つの詩を選んだ。

まずは晩唐の詩人・杜牧の作品から。

 

江南春

千里鶯啼緑映紅

水村山郭酒旗風

南朝四百八十寺

多少楼台煙雨中

 

こうなんのはる

せんりうぐいすないてみどりくれないにえいず

すいそんさんかくしゅきのかぜ

なんちょうしひゃくはっしんじ

たしょうのろうだいえんうのうち

 

「千里四方に鶯が鳴き、緑の樹と赤い花とが照りはえている。川のほとりの村、山すその村、酒屋の旗に吹く春風。古都金陵には、南朝以来の寺院が多く残っていて、たくさんの楼台が春雨の中にけぶっている。」

金陵というのは南京のことだ。NHKの本の解説では・・・。

『 「江南の春」といえば、杜牧のこの詩が思い浮かぶ。起句は大きな景色、江南地方の明るい春を聴覚と視覚の両面から描き出す。承句は近景、風にはためく青いのぼり。「酒旗」に着目した作者の詩心は非凡、名詞を並べ印象に訴えており、春景色が立体的に迫る。 後半は一転、春雨にけぶる古都の情景。「南朝」は華やかな古きよき時代。その南朝から杜牧の頃までに三百年ほど経っている。栄華をしのばせる多くの寺、春雨のかすむ風景の中につきない懐古の情を渾然と封じこめた。』

比較的わかりやすい詩だとは思うが、どういう詩が優れているのか、さっぱり理解できない。

次の詩は、中唐の詩人・劉禹錫(りゅううしゃく)の七言絶句を2つ。

 

烏衣巷

朱雀橋辺野草花

烏衣巷口夕陽斜

旧時王謝堂前燕

飛入尋常百姓家

 

ういこう

うざくきょうへんやそうのはな

ういこうこうせきようななめなり

きゅうじおうしゃどうぜんのつばめ

とんでじんじょうひゃくせいのいえにいる

 

「朱雀橋のほとりには、野の草々が花を咲かせ、烏衣巷の入り口には、夕日が斜めに射している。昔は、あの王氏と謝氏の堂前に巣をかけた燕が、今では、ありふれた庶民の家の軒に飛び込んでゆく。」

烏衣巷は南京市内にある地名。かつては豪邸が建ち並んでいたという。で、NHKの解説。

『作者の劉禹錫は53歳の時から約2年、和州刺史に左遷されていた。その間に詠んだ「金陵五題」という連作の一首。昔の繁華は今は見る影もない、烏衣巷の入り口。起・承二句に対置される朱雀橋・烏衣巷の地名には、色彩の対も重ねられている。「雅」の反対語である「野」の配置。転・結二句は、夕日の赤々と照らす烏衣巷を飛ぶ燕の影を追う。昔ならこの燕も豪勢な王氏や謝氏の堂前に飛び交ったことだろうにと。人の世の栄枯盛衰を、作者は燕の飛ぶ姿に見出しているのだ。ちょっと気のつかない非凡な発想といえよう。』

要するに、この烏衣巷界隈は落ちぶれてしまったということのようだが、この地名、今でも残っている。時間があればぜひ行ってみよう。

そしてもう一首。同じく劉禹錫の七言絶句だ。

 

石頭城

山囲故国周遭在

潮打空城寂寞回

淮水東辺旧時月

夜深還過女牆来

 

せきとうじょう

やまはここくをかこんでしゅうそうしてあり

しおはくうじょうをうってせきばくとしてかえる

わいすいとうへんきゅうじのつき

よるふかうしてまたじょしょうをすぎてきたる

 

「山は古い都をぐるりと取り囲み、潮は人けのない街の城壁に打ち寄せてはまた寂しく返る。秦淮の東、昔ながらの月が、夜が更けるとまた城壁の上のかきねにさし昇ってくる。」

石頭城というのも南京にある。築城の経緯はこうだ。

映画「レッドクリフ」でも有名な赤壁の戦いの前夜、蜀と呉との共同戦線を結ぶために呉の地を訪れた諸葛孔明が石頭山に登り、「龍(長江)がとぐろを巻き、石(頭)城は 虎 距(うずくま)る、真に帝王の宅です」と孫権に伝えたと言われる。208年、赤壁にて魏の曹操を破った孫権は、この地に石頭城を築き水軍の根拠地とした。当時、「石頭城」の前に長江が流れ、支流が合流して川幅が広がっており、1000隻もの船が停泊することができたといわれている。

ということで、NHKの解説だ。

『 「金陵五首」の第一首。作者の自序によると、特に白楽天の絶賛を得たという。前半二句は、対句仕立て。「空城」という語によって、六朝時代の堅固な城が荒廃してしまった姿を詠じる。山と川(潮)は依然として存在するが、人事は消え去り、「寂寞」さがこみあげてくる。後半二句は、「月」に視点を据える。「夜深」の語により、月の光を浴びながら、じっといつまでも物思いにふける作者の姿が髣髴としてくる。そして読者は深い懐古の情にひたるのである。』

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さあ、どうだろう。よくわからないが、この詩を携えて南京に行ってみよう。

果たして何を感じるだろうか。

 

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