タックスヘイヴン

橘玲さんの「タックスヘイヴン」という小説を読んだ。

「国際金融情報小説の傑作」という触れ込みだが、どうも私はサスペンス小説は苦手だ。ただ、世界の富裕層が利用するタックスヘイヴンの仕組みに興味があり、この小説を最後まで読んだ。

そういう動機なので、小説について論評するつもりはない。やはり私は小説は苦手だ。

ただ、橘さんの著書らしく、いくつか為になる記述も散りばめられていた。そのいくつかを引用させていただこうと思う。脱税の温床とされてきたタックスヘイヴンにも、国際的な包囲網が強まっているようだ。

例えば・・・こんな記述がある。

『 UBSのアメリカ部門のトップを脱税幇助の疑いで拘束した米司法当局は、さらに2008年11月、プライベートバンキング部門を統括していた最高幹部を脱税の共謀犯として起訴した。最高幹部はスイスに帰国していて裁判所の出頭命令に応じなかったため、翌年1月には逃亡犯として指名手配された。これによって、かつては最高のプライベートバンクと讃えられたUBSは「犯罪銀行」のレッテルを貼られることになった。』

UBSとは、スイス最大の銀行であり、19世紀に誕生した「スイス銀行」から続く長い歴史を持っている。そして橘氏の記述は、実際に起きた事件だ。

そしてこの捜査をきっかけに、長年守られてきたスイスの銀行の絶対的な秘密保持がほころび始める。

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『 この事態に驚愕したUBSは米司法当局との司法取引に応じ、総額7億8000万ドル(約780億円)の罰金を支払うとともに、内部調査で悪質な税逃れと認定された約300件の米国人顧客の情報を引き渡した。だが米国のIRS(内国歳入庁)はこれに納得せず、5万件ちかい顧客情報をすべて開示するよう裁判を起こし、米国とスイスの外交問題に発展したあげく、UBSは最終的に4450件の口座情報の提供を強いられた。

スイス銀行法47条(銀行秘密法)では、「職業上知りえた秘密を漏らした者」に対し、懲役刑を含む刑事罰を科すと定められている。この条文には例外規定がないため、スイスの金融機関はどのような場合でも第三者に顧客情報を開示することはないとされてきた。

しかし米国政府はこの条文そのものを認めず、FATCA(外国口座税務コンプライアンス法)で米国人の国外口座の情報提供を米国以外の金融機関に義務づけた。13年1月には脱税幇助を認めたスイス最古のプライベートバンクが巨額の罰金を科せられて廃業の憂き目にあい、8月にはスイス政府が米司法省と、米国人顧客の情報をすべて提供し罰金を払う代わりに、金融機関は脱税幇助での起訴を免れるという合意を結んだ。“鉄壁の守秘性”をうたったスイスのプライベートバンクは顧客を見捨て、自分たちが生き残ることを優先したのだ。彼らの甘言を信じてスイスに口座を開いた米国人は、いまやいつ脱税犯として訴追されるか戦々恐々とする羽目に陥っている。』

こんなことが起きているなんて、全然知らなかった。スイスの銀行というのは顧客の秘密を絶対に守る不思議な世界として映画などにも頻繁に登場し、縁はないがそういう銀行が存在することは何となく知っていた。

スイスの隣国リヒテンシュタインのことも、紹介される。

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『 スイスとオーストリアのあいだにある小さな国はリヒテンシュタイン侯爵家の所領で、住民は3万5000人しかおらず、歴史の偶然によって主権国家の地位を手に入れたのだ。

単なる中部アルプスの山村でしかないリヒテンシュタインは、スイスが金融立国として発展するのに合わせて、スイス国内では認められないダーティな資金を引き受けることで法外な利益を手にする機会を得た。スイスやルクセンブルクと並びヨーロッパでもっともゆたかな国のひとつだが、2008年に王室が所有するLGT銀行から4000人以上の顧客名簿がドイツ税務当局に流出し、いまはアメリカやEUから口座情報の開示を迫られて苦境に立たされている。』

そんな中で、最近存在感を増しているのが、シンガポールだという。

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『 シンガポールの一人当たりGDPは5万1000ドルと日本を抜いてアジアでもっとも高く、6世帯に1世帯が金融資産1億円以上のミリオネアだという。

シンガポールのライバルはスイスと香港だが、香港は中国共産党の影響力が強まっていることが投資家の懸念材料になっている。長年金融立国として世界のトップに君臨してきたスイスも、脱税問題をきっかけに米国に口座情報の提供を余儀なくされたばかりか、EU貯蓄課税協定の運用強化で、今後はEU居住者の口座の内訳がそれぞれの国の税務当局に問答無用で通知される。

アジア金融危機後の2001年、リー・クワン・ユーの息子で当時は副首相、財務大臣、禁輸管理局長官を兼務していたリー・シェンロンは、タックスヘイヴンとしての優位性を確立するため、スイスよりもはるかに厳しい秘密保持条項を持つよう銀行法を改正した。シンガポールでは、銀行口座の秘密を第三者に提供した者は最高12万5000シンガポールドル(約1000万円)の罰金ないし禁錮3年、もしくはその両方を科せられる。そのため、残された唯一の「税の楽園」としてシンガポールに世界の富裕層が殺到しているのだと強調されていた。』

シンガポールに世界の富裕層が集まるのは、治安の良さ、英語と中国語を学べる教育環境、高度な医療水準、緑あふれる都市環境など多くの理由がある。そして何より税金の安さだ。

『 税金もきわめて安く、金融所得は利子・配当や譲渡所得もすべて非課税で、相続税や贈与税もない。所得税の最高税率は20%だが地方税はなく、そのうえ海外で得た所得は、それをシンガポール国内で受け取ったとしても非課税だ。法人税率は17%と香港と並んでアジアでもっとも低く、それに加えてさまざまな優遇税制が用意されている。多国籍企業がグローバル本社をシンガポールに置くと、法人税率は実質ゼロになるという。』

確かに、金持ちを呼び込むための施策が徹底しているようだ。

だが、本来入るはずの税収が海外に流出する各国からすればひどい話だ。貧乏人からはきちんと税金を取り、金持ちは税を逃れる社会というのは明らかに間違っている。

しかし、そんなシンガポールも安泰ではいられなさそうだ。

『 2013年6月、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)がシンガポールとBVIの信託会社から入手した10万件以上の登記情報をインターネットに公開した。ICIJはその後、半年以上にわたって資料の分析を進め、汚職撲滅の先頭に立つ習近平国家主席のほか、温家宝前首相、李鵬元首相ら中国共産党や中国人民解放軍幹部の親族などがタックスヘイヴンを使って蓄財している実態を明らかにした。報道によれば、中国と香港の富裕層2万1000人以上が海外法人を所有し、2000年以降、最大4兆ドル(約400兆円)の隠し資産が中国から流出したという。

さらに2014年2月、日米欧など主要20カ国・地域は、課税対象者が海外に保有する銀行口座の情報を自動交換することに合意し、2015年末までの導入を目指すとした。この合意にはタックスヘイヴン国は含まれないが、スイスや香港、シンガポールにまで拡張されればオフショアビジネスは大打撃を受けるだろう。』

この小説は2014年に出版されているので、こういう書き方になっているが、この仕組みは実際にスタートしたようだ。

ネットで調べると、資産運用の観点から注意を促す記述が多く見られる。

例えば、こんな感じ。

「税理士法人UAP」のサイトから引用させていただく。これは2016年に書かれた説明のようだ。

『 OECDが主導する「金融口座情報の自動的交換」が2017年からいよいよ始まります。「金融口座情報の自動的交換」とは、タックスヘイブンなど国外の金融機関を悪用した脱税・租税回避を防止するために、非居住者として各国に保有されている金融口座情報を、税務当局間でほぼ網羅的に自動交換するものです。例えば、日本人が香港のHSBCに隠し口座をもっていても、その残高、利息収入などが、HSBC→香港の税務当局→日本の税務当局、という経路で自動的に報告されるという仕組みです。

制度の適用国は下表の通りタックスヘイブンの地域も含まれており、2017年適用国と2018年適用国に分けられます。2017年適用国は2016年分の利息収入や2016年末の預金残高が報告対象となりますから、既に報告対象期間はスタートしています。報告義務がある金融機関には、銀行の他、証券会社や保険会社も含まれており、口座保有者の氏名、住所、口座残高、利子・配当等の年間受取総額などが報告対象となっています。ある意味、国内の金融機関で運用するよりも丸裸になるわけです。』

この仕組みはCRS(共通報告基準)と呼ばれ、日本も2018年、つまり今年から適用されたらしい。国内ではほとんどニュースになっていないが、富裕層の間ではどうやら大事件のようだ。

ただ、税理士法人UAPのサイトには、気になる記述もあった。

『 なお驚くべきことに(当然?)、現時点で米国はこの制度に参加していません。実施済みのFATCAで十分でしょう、というのが米国の言い分です。世界中のアングラマネーが米国に向かうのでしょうか?』

トランプさんのアメリカは、このCRSに参加しないのだ。トランプさんは誰もが知る富裕層。「自分ファースト」のトランプさんが自分の首を絞めるようなことをするはずがないのだ。

その結果、今世界の富裕層の間で、アメリカこそがタックスヘイヴンだと見なされるようになったのだ。ネットには、資産をアメリカに移すように促す脱税指南の手引きがひしめいている。

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世界中のお金がアメリカに向かっている背景には、単に利上げだけではなく、こうしたからくりが隠されていたのだ。どうして日本のメディアは報じないのだろうか?

そんなことを感じていた矢先、先日日経新聞にこんな記事が掲載された。

「米国がタックスヘイブン ? トランプ税制で思わぬ余波」と題された記事だ。さすがは日経新聞と思って読んでみると、ちょっと論点は違うようだ。

『トランプ米大統領による大規模な法人減税が日本の税制改正議論に思わぬ影響を与えている。米法人税の実効税率が大幅に低下し、米国が日本の「タックスヘイブン(租税回避地)対策税制」の適用対象になりそうだという。現地で長年事業をしてきた日本企業が日本でも追加で課税される可能性があり、財務省が対策を検討している。』

トランプ減税によって米国内の法人税が30%を切るため、日本のタックスヘイブン対策課税の対象となる企業が増える。それでは現地の日本企業が困るだろうから、課税対象にならないよう対策を取るということのようだ。

でも、実際には日本企業や日本の富裕層は、アメリカをタックスヘイブン に利用しようとしているのではないか。何かが、ちぐはぐだ。

こうやって、金持ちは法の抜け穴を見つけて、税を逃れようとする。そして、その方法を編み出し指南する専門家たちがいる。

金融規制に前向きだったオバマ大統領が去り、規制撤廃に積極的なトランプ大統領に変わったアメリカ。世界一の金持ち国アメリカが加わらない仕組みにどれほどの効果があるのかは疑問だが、少なくとも国際的な脱税包囲網が築かれつつあることは評価したいと思う。

タックスヘイヴンの行方、日本人の庶民ももう少し関心を払ったほうがいいテーマだと思う。

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