<月一農業>2019年12月/放っておいても大根は育っていた

咳に悩まされ始めてもう2週間になる。

先週末予定していた岡山での月一農業も断念し、昨日会社を休んで日帰りで岡山に行ってきた。

12月にしては暖かな日だったが、空はどんよりと曇り、もうすっかり冬の気配だ。

12月16日が死んだ父親の命日だったので、この日は岡山市内に住む母を車に乗せてまずは墓参りを済ませる。

父が亡くなって今年でちょうど12年、先日13回忌の法事をしたばかりだ。

墓参りの後、9月に作った小さな小さな畑を見に行った。

雑草に覆われた畑の一部を掘り返して、適当にタネを蒔いただけに手抜きの畑だが、それなりに作物が育っているようだった。

目立つのは、圧倒的に大根の葉っぱだ。

散々虫に食われてはいるが、放置プレーでも自力で葉を茂らせていた。

根元を見ると、白い大根が顔を出していた。

11月に少し間引いたのだが、育ってくると密集していかにも苦しそうな大根たちも多い。

まだ育っていない小さな大根を間引いて、大きいものを残した。

それを見ていた伯母が、こんなことを言った。

「大きいのを抜けばいいのに・・・」

言われてみれば、大きいのを抜いたら小さな大根も育つスペースができる。さすが、プロの指摘は正しいと思ったがすでに時遅し。小さな大根を抜いてしまった後だった。

ちなみに、ネギはこんな感じ。

育ってはいるが、まだ細い。

こちらは玉ねぎ。

ネギに比べると、生育にばらつきがあるようだ。

玉ねぎは植え替えなければならないと伯母が言っていたが、果たしてどうすればいいのだろう?

そして、人参。

こちらも密集しすぎているので、少し間引いたが、まだ小さくてシワだらけ。

こんなのでちゃんとした人参になるのだろうか?

ハッサクなどが植えられた畑にも行ってみた。

先月たくさんの実をつけていたハッサクだが、伯母がすでに全部収穫していた。

私がやるからと言うと、88歳になった伯母は必ず自分でやってしまう。人に迷惑をかけたり、近所の人から何か言われることがないよう、なんでも自分でテキパキとやって生きてきた人だ。

少しは楽をしてもらいたいと思うのだが、言うと余計にやってしまうので、言い方が難しい。

畑の奥の方に行ってみると、ゆずの実が木に残っていた。

畑にはいろんなものが植えてある。

昔の人は、こうしていろんな作物を少しずつ植えて、自分の暮らしに使ってきたのだろう。

ゆずの木は大きい。

下の方が伯母が取ったのだろうが、私がようやく手が届くあたりから上にはまだたくさん実がなっている。

柚子風呂にでも使えると思って、持っていたハサミでゆずを3個取った。

もうすぐ冬至だ。

妻のお土産にしよう。

これが今月の収穫。

一番大きな大根でも、長さが20cmほど。他はまだ小さい。

でも東京に持って帰ることを考えると、あまり大きくならない方が扱いやすいかもしれない。

本格的に農業をされている方からすると、クズでしかない私の野菜たちだが、自分で育てていると愛着も湧くものだ。

次に行った時には、大根がどのくらい大きくなっているのか、ちょっと楽しみである。

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